『マネジメント・テキスト 人事管理入門(第3版)』出版記念 著者インタビュー

【テーマ】:「日本の人事管理は、今、何が問題なのか」

【ゲスト】
今野 浩一郎氏(学習院大学名誉教授/学習院さくらアカデミー長)
佐藤 博樹氏(中央大学大学院戦略経営研究科教授/東京大学名誉教授)

【インタビュアー】
寺澤 康介(ProFuture株式会社 代表取締役社長/HR総研 所長)

大学で教科書として使われるなど、人事管理の決定版テキストとして知られる『マネジメント・テキスト 人事管理入門(第3版)』が、2020年5月、日本経済新聞出版より刊行された。今回の改訂では、人事管理をめぐる状況の変化に対応し、データを全面刷新するとともに、同一労働同一賃金、ダイバーシティー・マネジメント、ジョブ型雇用など、新たなテーマについてもトピックスとして解説が加えられている。HR総研では、7月16日(木)、本書の著者である今野浩一郎氏と佐藤博樹氏のお二人へのインタビューをライブ配信にて実施した。今の日本の人事管理における課題や、その課題への対応の方向性などについて、貴重なお話をいただいた本インタビューの模様を紹介する。

今野 浩一郎

学習院大学 名誉教授/学習院さくらアカデミー アカデミー長

1971年3月東京工業大学理工学部工学科卒業、73年東京工業大学大学院理工学研究科(経営工学専攻)修士課程修了。73年神奈川大学工学部工業経営学科助手、80年東京学芸大学教育学部講師、82年同助教授。92年学習院大学経済学部経営学科教授。2017年学習院大学 名誉教授、学習院さくらアカデミー長。

佐藤 博樹

中央大学大学院 戦略経営研究科(ビジネススクール) 教授

1981年雇用職業総合研究所(現労働政策研究・研修機構)研究員。1983年法政大学大原社会問題研究所助教授。1991年法政大学社会科学研究所教授。1996年東京大学 社会科学研究所 教授。2014年より現職。2015年東京大学名誉教授。専門は人事管理論。 兼職、内閣府・男女共同参画会議議員、ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員、経済産業省・新ダイバーシティ企業100選運営委員会委員長、民間企業との共同研究であるワークライフバランス&多様性推進研究プロジェクト代表など。

人事管理を学ぶ人に読み継がれてきたロングセラー

寺澤 『人事管理入門』は、人事管理を学ぶ人々に18年間にわたり活用されてきたロングセラーです。大学の教科書としても使われてきたと伺っていますが、企業で人事に携わる人にとっても人事管理を体系的に深く学ぶことができる内容だと思います。本書は今野先生と佐藤先生のご共著ですが、2002年の第1版刊行の際、どのようなお考えがあってお二人で本書を書かれたのか、お聞かせいただけますか。

 

今野 40歳ごろから大学で人事管理を教えることになり、教科書が必要になったときに、世の中にあるものを見ると2種類しかありませんでした。1つは技術論的な教科書で、これではわが国の中で形成されてきた人事管理の実態がよくわかりません。もう1つ、労使関係から企業の実態に迫る労務管理論の教科書がありましたが、これでは人事管理全体を学ぶことができません。そこで、新たにつくろうということになったのですが、佐藤さんも私も、最初から大学で人事管理を専門的に勉強し研究するようなキャリアを積んでいません。佐藤さんは産業社会学ですし、私が若いころに取り組んだのは、技術と労働の関係や、技術者の抱える労働問題といった労働問題研究です。そういう労働問題のプラットフォームとして人事管理についても数多くの企業の調査を行う中で、人事管理の理解が深まり、知識が蓄積されていって、そのアウトプットとなったのが本書でした。

 

佐藤 今野さんも私も、大学あるいは大学院で人事労務管理を習ったことがありません。そういうまっさらな状態で、卒業後、私はホワイトカラーの人事管理や海外日系企業の技術者の人事管理といった現場の実態をずっと調査していました。そして、大学で労務管理を教えることになったとき、やはり、世の中にある教科書を見ると、「現場との距離が大きい」と感じるものばかりでした。人事制度づくりのハウツーや海外の人事管理の理論紹介などはあっても、日本企業の現場の人事管理を踏まえて、それを全体として理解できる教科書がないなと。ですから、見本のない中で、こういう教科書があれば望ましいと二人で考えたものをつくったのが最初でした。

現実の多様性や変化を体系的に捉えられる枠組みを提示

寺澤 そのほかに、本書にはどのような特徴があるとお考えですか。

 

今野 現実を追いかけていない点でしょう。現実はその都度変化していきますから、現実だけを追いかけて教科書を書くと、すぐ陳腐化します。そうではなく、いつの時代にも現実は多様で変化しているので、その多様性や変化を上から俯瞰して考えることができる枠組みをつくりたいと考え、構成した内容になっています。

 

寺澤 表面的な現実の動きに左右されすぎて、原則としっかりつながっていないと、人事の施策も上滑りしたものになってしまいます。そういうことに関係しそうなお話ですね。

 

今野 企業の人事管理の実態を見ると、実に多様です。しかし、その多様性を超えて、共通性、規則性を導き出すのが研究者の仕事です。今起きている多様な現実に引っ張られすぎると全体が見えなくなるので、一歩引いて、調査で得た多様な状況を体系的に考えられるフレームワークをつくり、それからもう一度現実を見直すということをやっていました。それが本書に反映されているので、時を経ても比較的古くならないでいると思います。

 

佐藤 社会学で、理論と調査の統合を目指す方法論である「中範囲の理論」というものがありますが、我々も理論だけ、事実だけを説明するのではなく、日本企業の人事管理の実態に即し、ある程度抽象化して説明できる中範囲の概念をつくったということだと思います。

 

今野 雇用区分制度を例に挙げると、アメリカではイグゼンプションとノンイグゼンプトという区分があり、ヨーロッパだと、例えばドイツではタリフとノンタリフという区分があります。日本だと総合職、一般職という区分です。そこで、日本の状況を相対化するために、日本と欧米の状況を少し上から見て雇用区分制度というコンセプトをつくり、この普遍的な概念をある条件に照らすとアメリカ型、ある条件に照らすとヨーロッパ型、またある条件に照らすと日本型になるというように概念化したかったわけです。

多様化する社員に対応し、雇用区分制度をどうつくり直すか

寺澤 第1版刊行から18年経って、人事管理をめぐる状況の変化をどのようにご覧になっていますか。

 

佐藤 社員が多様化したことが最も大きな変化でしょう。社員の属性の多様化のみならず、会社との関係、仕事との関係についての社員の考え方が多様化し、仕事以外で抱えている課題も違ってきています。そういうことも踏まえて人事管理を行わなければならない時代に変わったと思います。

 

寺澤 かつては、社員の要望をそんなに聞いていると会社経営は立ち行かないという価値観だったのが、今や、そういう多様性に対応しないと、誰からも選ばれない会社になり、経営が成り立たなくなってしまうと。多様性重視が経営戦略になってきているということは、本書を拝読して非常に感じたところです。

 

佐藤 ただ、社員一人ひとりのニーズに対応しようとしても、一定以上の規模になると個別管理は無理でしょう。そういう意味では、雇用区分を新たにつくっていく必要がありますが、難しいのは、そこのバランスです。従来のように一つの雇用区分ではもうやれませんから、いくつかに分けていくのですが、では個別管理までやるのかどうか。そこが、まさに人事担当者にとって極めて大事なところです。社員一人ひとりの就業ニーズ、価値観に対応しながら、しかし会社全体としてどう合理的なマネジメントをするか。雇用区分制度の設計は、今、非常に難しく、かつ重要なポイントだと思います。

 

今野 従来、日本企業では雇用区分で総合職と一般職を分け、昇進していくのは総合職で、そのかわり会社が決めた転勤などを何でも受け入れるという制度でやってきました。しかし、働く意識や就業ニーズが多様化したときに、この制度を残しておくと、「会社のために何でもします」ということができない人の中に優秀な人がたくさんいるのに、その人たちを活用できません。そこで、企業はこの制度について規制緩和を始めています。それがダイバーシティー・マネジメントです。しかし、それでも全員が社長になるわけではないし、企業は分業をしていきますから、雇用区分をどうつくり直すかということを考えなければなりません。私も、この多様化の問題については、雇用区分のつくり直しをどのように行えば最も合理的かということが極めて重要なテーマだと考えています。

 

佐藤 今野さんがおっしゃったように雇用区分を多元化していくと、大事なのは現場のマネジメントです。働く意識も就業ニーズも多様な部下を、管理職がマネジメントできるかどうか。それができるヒューマンスキルがある人を管理職にするように管理職への登用基準を変える必要がありますし、現場の管理職が多様な部下をマネジメントできるように人事が支援することが非常に大事になってくると思います。

これからの人事管理に及びそうなコロナの影響

寺澤 今、コロナの影響でリモートワークが一気に進み、人事管理面でも、表面的な部分ではなく、根本の設計思想まで踏み込んで考え直していく動きが出ているように思います。これからの人事管理におけるコロナの影響を、お二人はどう捉えておられますか。

 

今野 私は、ここ20年ほど、企業の経営戦略の変化や働き方の多様化といった環境変化を受けて、これからの働き方は「組織内自営業主型」化が進んでいくと申し上げてきました。つまり、どういう仕事をするかはマネージャーが個人と契約して、その契約に基づいて仕事を任せ、評価はその成果を重視して行うといった、自営業主的な働き方に向かうということです。従って、人事管理は仕事ベースに変わってくると。もちろん、仕事で全て決めるわけではなく、仕事重視にしてもどの段階で止めるか、その止めたときの形態をどう設計するかが重要なのですが。ですから、この大きなトレンドの中の動きが続くだけだという意味では影響はありませんが、変化のスピードを速めるという意味では影響があるでしょう。

 

佐藤 コロナ対応でリモートワークが当たり前になり、今まで制約だと思っていたことが制約でなくなったことのインパクトが大きいと思います。この人は出張ができないから、あるいは子育て中で短時間勤務だから、このプロジェクトの仕事は任せられないと言っていたのが、実は出張などしなくてもリモートでプロジェクトを進められるとわかったり、短時間勤務だった人が在宅なら8時間働けるとなったり、これまでの制約がなくなる事態があります。今後は、働く人のニーズに合った雇用区分のつくり方を、かなり柔軟にやれるようになってくるでしょう。

 

寺澤 コロナの影響で、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への移行が速まるだろうとも言われますが、そこはいかがですか。

 

佐藤 本来のジョブ型とは、働く人が自分で仕事を選べるということで、人事異動も社内公募で行うことになります。そのように人事権を会社が放棄できるかどうかです。

 

寺澤 そこは大きな課題だと思います。本書でも述べられていますが、日本の制度の設計思想として、雇用を守ろうということがあります。ところが、ジョブ型になると、そのジョブがなくなったときにアメリカなら「お辞めください」となるのに対し、日本では別の職場を探して雇用を守ろうとします。雇用を守りつつジョブ型に変え、働く人全員の希望に応じるのは無理があります。とはいえ、社員の多様なニーズに応えることは必要なので、どこまで進めるか、どこで止めるか、さじ加減が重要になるわけですね。

人事に求められるのは「相対化する思考」と「変化の理解」

今野 「これ」と言ったらそれで全部いくような、単純なものではないのです。例えば、アメリカでもエリートは会社の人事権で動きます。

 

佐藤 アメリカでも管理職は会社に人事権があります。管理職は異動を拒否はできても、それを何度も繰り返すと、昇進の可能性がなくなります。メンバーシップ型かジョブ型かということだけでなく、日本もアメリカも、実際は、会社の中に複数の雇用区分や賃金の決め方があり、人事権のあり方も違うことを理解しないといけません。

 

今野 ジョブ型について、私は、アメリカは80年代に伝統的なジョブ型を放棄したという感覚を持っています。それを経て、今のジョブ型になっていると。今あるものが唯一のものだと考えず、常に相対化することが必要だと思います。

 

佐藤 加えて、現実は常に変化していることを理解することも必要でしょう。賃金で言えば、アメリカの製造業の生産労働者もペイ・フォー・スキル、つまり職務ではなくスキルに対して給料を払うというように変わってきました。海外ではこうだと言っても、それはいつの話かということが大事だと思います。

 

寺澤 企業の人事部門の方々に、お二人は本書をどのように活用してほしいとお考えですか。

 

今野 今、世の中で「これはいい、素晴らしい」と言われていることも、多様な選択肢の中の1つに過ぎません。それらを上から俯瞰して、こんなに多様な選択肢があるのか、その中で自分はこういう理由でこれを選択しているけれど、別の理由であれば違う選択をしなければいけないなというような感覚で、人事管理を行っていただきたいですね。そのための役に立つ教科書として本書を使っていただければ、筆者として最高の幸せです。

 

佐藤 全ての企業にとって導入することが望ましい、人事管理のベストプラクティスはありません。人事管理の基本を学んだ上で、自社の実態を見て、自らの頭で考え、自社に合った人事制度を設計することが大事だと思います。また、自分の担当している業務についてだけでなく、企業として人事管理はどうあるべきか、人事管理は企業経営の中で何を担うべきなのかといったことを考えるために、ぜひ、本書をご活用いただきたいと思います。

 

寺澤 本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

 

『マネジメント・テキスト 人事管理入門(第3版)』(日本経済新聞出版)

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