第49回:健康経営のセオリーをぶっ壊す③-ビジョン・ミッション・バリューはわかりやすいビジュアルにする-
人事のレガシー49「MVVを伝え、自分事化させる」
レガシーを破る視点「『お願い』と『約束』を伝えることで自分事化させる」
松本 利明
HRストラテジー 代表
外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパル(部長級)を経て現職。国内外の大企業から中堅企業まで600社以上の働き方と人事の改革に従事。5万人以上のリストラと6500人を超える次世代リーダーの選抜や育成を行った「人の目利き」。人の持ち味に沿った採用・配置を行うことで人材の育成のスピードと確度を2倍以上にするタレント・マネジメントのノウハウが定評。最近は企業向けのコンサルティングに加え、「誰もが、自分らしく、活躍できる世の中」に近づけるため、自分の持ち味を活かしたキャリアの組み立て方を学生、ワーママ、若手からベテランのビジネスパーソンに教え、個別のアドバイスを5000名以上、ライフワークとして提供し、好評を得ている。HR総研 客員研究員。
MVVはどんなにビジュアル化しても「通り過ぎ」てしまう
健康経営を目指すに、パーパス、ビジョン、ミッション、バリューといった経営理念に健康経営を取り込み、わかりやすく伝えることに意義を唱える人はいないでしょう。
自社はなぜ健康経営に取り組むのか、その理由が分からないと足並みが揃わないからです。経営者が自らの言葉で、取り組む必要性を社員に語る必要があります。
「わかりやすい」キャッチコピーを考え、それをイメージしやすいビジュアルを考える。ポスターを目につくところに配置することで、常にそれを意識しやすくするとともに、冊子や動画を通して理解を促す。さらに、健康経営や理念を自分事化させるために、「マイ・パーパス」などの社員一人一人の働く意義を深く考える機会をつくり、行動計画に落とし込む。まさに王道のアプローチになりますが、ここに落とし穴が潜んでいます。
「ちゃんと睡眠をとる」、「週に1回は運動する」など、もっともらしい行動計画が上がってきますが、実態は「健康診断は必ず受診する」などの決められた義務事項は守られるようになるものの、それ以外は今までとほとんど変わらない。というように暖簾に腕押ししているような感覚に苛まれることが多いものです。
社員各自の自分事化を促進させるため「マイ・パーパス」や「パーソナルビジョン」に落とし込み、行動計画に落とし込んでも、出来上がりは、もっともらしい内容が膨れ上がっただけで、ジレンマは解消されません。その原因は、MVVの中身の伝え方に存在しているのです。
MVVがファンタジーでは誰もどうしていいかわからない
理由は2つあります。
一つは、MVVでどんなにわかりやすく未来を描き、社員のワクワク感を引き出し、共感を得ることができても、目指す姿と現状をどう繋ぐのかが示されていないことです。言わば、「SF映画」を観ている状態と同じことが起きているのです。
SF映画はファンタジーの世界ですが、技術や地球・宇宙環境等の未来予測をきっちり調べた上で描くのでリアリティがあります。ドラえもん、銀河鉄道999、鉄腕アトムが描いた世界は、全てではありませんが、現実化しているものも沢山あるのがそれを物語っています。
しかし、そのSF映画の世界を目指すために何をすればいいかと問われても、目指す姿と現状の距離感が半端なく離れているので、どうすればいいかピンとくる策が思い浮かばず、綺麗事や一般的な行動計画しか思いつかないのと一緒なのです。
MVVも、輝く未来を「ふわっと」魅せるものだけだと、どんなに共感できても、達成した未来と現状をどうつなげばいいか、距離感がありすぎるため、有効な策が思いつかず、現状の延長線の中でもっともらしい行動を選ぶしかありません。「メタボなら痩せたほうが健康にいい」ので、「摂取カロリーを減らし、運動すること」が大事だと、頭で理解していても実践が難しいことと一緒なのです。
MVVの達成を目指すには、SDGsのような「接続可能」な視点や方向を示して、初めて社員は、どのように行動を考え、計画化すればいいかわかるのです。
人は「評価される」ことしかやる気にならないのが本音
もう一つは、MVVを達成することで、どんな「見返り」が社員にあるかが明確でないと、社員は本気で取り組む気にならないということです。
健康経営で示すMVVの通り、きちんと健康体になり、健康的な生活を送れたので、個人の業績目標が未達でした、は許されないからです。人は評価されることで動くので、どんなに美しいMVVを掲げても、毎月の業績や目標達成度で現実的に評価されるのであれば、社員はそこしかやらなくなります。
事業計画であれば、それを達成すれば事業部全員の賞与原資が上がったり、「大入り」的なインセンティブが出たりするので、事業計画の達成と個人の喜びの繋がりが見えますが、MVVの場合、その見返りがハッキリしないので、モチベーションが継続しないのです。SF映画で得た感動も、翌日には薄れてしまうことと同じ構造なのです。
「できたらいいな」という綺麗事だけでは、社員が本気でコミットし、持続する動機付けにはならないのです。
社員に対する「お願い」と「約束」を示すことで社員は安心してついていける
このテーマの問題解決は難しくありません。
MVVの説明を意義レベルに留めるのではなく、取り組みに対する社員への「お願い」と、どう報いるかの「約束」を示すことです。
この「お願い」と「約束」の関係が不明確だと不信感が起きます。
親と小さい子供の例で解説します。親が子供に「肩たたきして」とお願いした時、子供が「肩たたきをしたらお小遣いくれるかな」と思ったのに、「ありがとう!」の一言だけなら、子供はがっかりするでしょう。
「お願い」と「約束」が不明確なので、お互いの期待がかみ合わないからです。
これは会社組織でも同様です。「これをやったら(お願い)」「賞与はこれだけ払うよ(約束)」の関係がハッキリしていれば社員も納得し、安心して仕事に取り組むことができます。しかし、「これやってよ(お願い)」しか言わずに、「悪い様にしないから」と約束が曖昧だと、社員は疑心暗鬼のまま取り込むことになり、期待以上に報われない限り、「裏切られた」という意識と不信感が高まるようになる構造と一緒です。
健康経営やMVVの意義を伝えるだけでなく、この取組みをする上で、「会社からのお願い=やって欲しいこと」と「やってくれたことを報いる=会社からの約束」をきちんと盛り込んで説明し、実際にその通りに報いることで、社員は安心して「お願い」の達成に向け、モチベーションを継続しながら取り組むことが出来るようになります。
健康経営やMVVに関することを、実際に「お願い」と「約束」で仕分けしてみるといいでしょう。
そもそも「お客様に愛される存在になる」等、お願いすら定義されていないことも多々あります。
仮にお願いが定義されていても、
お願い「健康診断受診率100%を目指す」→約束「・・・約束なし・・・」
とか
お願い「健康診断受診率100%を目指す」→約束「約束なしでペナルティだけ定義」
というように、取り組んだことにより報いる「約束」の定義がない、「健康になったらあなたにとってもいいでしょう」という一般論しかない状態では、社員が本気にならない理由もわかります。
また、お願いと約束を定義すると、SDGsでも17の目標項目があるように、健康経営やMVVで目指す姿に向けて「接続可能な視点や方向」も明らかになってきます。また、それぞれの領域の繋がりや影響がハッキリするので、取組み全体に背骨が通り、打ち手の神経回路が繋がり、響き合うようになるのです。
まとめ
最終的に「MVVが浸透する」とは、「経営から現場まで共通したYes/Noの判断基準」として活用された状態になることであり、その打ち手は「第4回:価値観浸透のレガシーの壁をぶっ壊す!」(https://hr-souken.jp/article/1907/)で解説しましたが、その手前である「MVVの構成やストーリー」がきちんとしていないと、そもそも判断基準として活用する気が起きないものです。
ゆえに、健康経営やMVVのコンセプトを固める時に、意義やありたい姿を描くことだけでなく、「お願い」と「約束」を論点とし、まとめあげておくことで、スムースな全社活動が可能になるでしょう。
[レガシーの壁を超える人事の取り組み]のバックナンバー
- 第59回:管理職強化の壁をぶっ壊す②―部下がついてこない/素直にアドバイスを聞いてくれない・・・―
- 第58回:管理職強化の壁をぶっ壊す①―管理職とその候補が育ってこない・・・―
- 第57回:採用のセオリーをぶっ壊す⑧-中途採用者は即戦力として任せたはずが…-
- 第56回:採用のセオリーをぶっ壊す⑦-人材紹介会社なら信用できると思って任せたのに…-
- 第55回:採用のセオリーをぶっ壊す⑥-工夫して目標人数を確保したのに、現場から悲鳴が…-
- 第54回:採用のセオリーをぶっ壊す⑤-入社早々、辞表!? これから育てようと思っていたのに・・・-
- 第53回:採用のセオリーをぶっ壊す④-内定辞退!? 採用プロセスの手応えは十分だったのに・・・-
- 第52回:採用のセオリーをぶっ壊す③-現場の管理職が面接を担当し、適材を見抜くはずだったが・・・-
- 第51回:採用のセオリーをぶっ壊す②-IT / DX・経営人材などの専門人材の人材要件のスペックを具体的に設定する-
- 第50回:採用のセオリーをぶっ壊す①-内定者が不安にならないよう、スピーディかつ丁寧に寄り添う-
- 第49回:健康経営のセオリーをぶっ壊す③-ビジョン・ミッション・バリューはわかりやすいビジュアルにする-
- 第48回:健康経営のセオリーをぶっ壊す②-ワークライフバランスを整えられるようたくさん制度を整備する-
- 第47回:健康経営のセオリーをぶっ壊す①-有給休暇を優先的に押さえ、しっかり休ませる-
- 第46回:女性活躍支援のセオリーをぶっ壊す③-女性に絞って管理職研修を行うと失敗する-
- 第45回:女性活躍支援のセオリーをぶっ壊す②-人材育成で定評がある管理職に女性社員育成を任せると失敗する-
- 第44回:女性活躍支援のセオリーをぶっ壊す-産休・育休明けに負荷が少ない仕事で時短勤務させればいいとは限らない-
- 第43回:リーダーシップのセオリーをぶっ壊す④-仕事ができる人をリーダーにすると失敗する-
- 第42回:リーダーシップのセオリーをぶっ壊す③-リーダーシップを発揮しやすい環境を整えても魅力的なリーダーは育たない-
- 第41回:リーダーシップのセオリーをぶっ壊す②-リーダーシップを管理型から支援型にシフトすると上司は舐められる-
- 第40回:リーダーシップのセオリーをぶっ壊す① - リーダーシップ研修でリーダーシップの考え方やコツを学び現場で活かす-
- 第39回:シニア層に寄り添ったアプローチは、嘆きと甘えを助長させ逆効果になる
- 第38回:人事制度の「メタボリック症候群」と「夏バテ」にご用心
- 第37回:我が社のあるべき人材像を描いてみたが、抽象的すぎて活用できない
- 第1回:人事制度のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第2回:目標管理のレガシーをぶっ壊す!
- 第3回:行動評価のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第4回:価値観浸透のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第5回:研修のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第6回:報連相のレガシーをぶっ壊す!
- 第7回:キャリア開発のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第8回:産休、育休・時短勤務のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第9回:OJTのレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第10回:ベテラン活用のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第11回:昇格昇進のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第12回:仕事ができない人材の活用のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第13回:リファラル採用(社員紹介)活用のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第14回:目標設定(SMART)のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第15回:チャレンジ目標設定のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第16回:目標管理「行動計画」のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第17回:「内省・振り返り」のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第18回:チームマネジメント①「人間関係の溝埋め」の壁をぶっ壊す
- 第19回:チームマネジメント②「褒め方、叱り方」の壁をぶっ壊す
- 第20回:「社内公募」の壁をぶっ壊す
- 第21回:「1on1の指導」の壁をぶっ壊す
- 第22回:「働き方改革」の壁をぶっ壊す①
- 第23回:「働き方改革」の壁をぶっ壊す②
- 第24回:「働き方改革」の壁をぶっ壊す③
- 第25回:「女性活躍」の壁をぶっ壊す-女性のロールモデルは社内より社外-
- 第26回:「女性活躍」の壁をぶっ壊す②-女性管理職向けのキャリアパスは失敗する-
- 第27回:「女性活躍」の壁をぶっ壊す③-経営陣が1人の女性候補に高く期待する-
- 第28回:「評価運用」の壁をぶっ壊す①-KPIより頑張りを評価してほしい本音に迫る-
- 第29回:「評価運用」の壁をぶっ壊す②-評価結果がひっくり返ったら根拠を示す-
- 第30回:「評価運用」の壁をぶっ壊す③-チャレンジするより無難な目標のほうが報酬が安定していい-
- 第31回:「評価運用」の壁をぶっ壊す④-評価結果は納得しても報酬配分に納得いかない-
- 第32回:「評価運用」の壁をぶっ壊す⑤-評価者研修を実施しても評価目線がそろわない-
- 第33回:「評価運用」の壁をぶっ壊す⑥ -リアルワークとテレワークが混在する状態でプロセス評価が難しい-
- 第34回:「評価運用」の壁をぶっ壊す⑦ -KPIより頑張りを評価してほしい-
- 第35回:複線型人事にすると日本企業ではジョブ型でもメンバーシップ型でも機能しない
- 第36回:評価基準、昇進基準、行動基準等、人事制度の基準は明確に具体的にすると機能しない