第37回:我が社のあるべき人材像を描いてみたが、抽象的すぎて活用できない

人事のレガシー37「経営トップの想いをベースにあるべき人材像を定義する」

レガシーを破る視点「価値判断基準と、仕事の捉え方、進め方で定義する」

松本 利明

HRストラテジー 代表

外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパル(部長級)を経て現職。国内外の大企業から中堅企業まで600社以上の働き方と人事の改革に従事。5万人以上のリストラと6500人を超える次世代リーダーの選抜や育成を行った「人の目利き」。人の持ち味に沿った採用・配置を行うことで人材の育成のスピードと確度を2倍以上にするタレント・マネジメントのノウハウが定評。最近は企業向けのコンサルティングに加え、「誰もが、自分らしく、活躍できる世の中」に近づけるため、自分の持ち味を活かしたキャリアの組み立て方を学生、ワーママ、若手からベテランのビジネスパーソンに教え、個別のアドバイスを5000名以上、ライフワークとして提供し、好評を得ている。HR総研 客員研究員。

あるべき姿の人材像は絵に描いた餅で何の役にも立たない

「我が社の人材像」は、「社長が仕事をする上で大事にしていること」や「社員に期待している事」に基づいて作成することは多いですが、それは半分正解で半分間違いです。

あるべき姿で作成した人材像は、「北極星」のような「遥か遠くの理想像」にしかなりません。「あるべき姿の人材像」は確かにそのとおりで、否定する余地は1ミリもないのですが、現実的にそれを体現している人は皆無に近いのが実際でしょう。その上、「あるべき姿」に到達するために、どんな経験やスキルアップをすれば良いかがハッキリしないため、長年憧れ親しんだ姿にしかならないのです。

結果、人材像を目指す姿と置いたとしても、他の人事の取組みと直接繋がらず、何となく全体をフワっと包み込む位置づけになってしまい、「絵にかいた餅」にしかならないのです。

その上、人材像の定義も価値観同様に「スローガン」のような表現をされているケースが大半です。北極星のように目指す方向として人材像を位置づけても、他社にも当てはまってしまうような一般的なスローガンの記述になってしまったら、社員の心には「一般論」としてしか響きません。こうした人材像からは、「社長が大事に思っていること」を頭では理解できても、従業員が心から納得し、その理解がすり合うことがありません。そのため、「人材像はないよりあったほうがいいけど、あったからと言って何かが変わるわけではない」という存在にしかならないのです。

人材要件は、目的に応じて定義方法と活用を変える

人材像は頭で理解するだけでなく、経営から現場まで自然に使われている状態にならない限り、絵にかいた餅のままです。人材像は、目的に応じて定義方法と活用方法を分けて設計しましょう。その方法は、大きく分けて2つあります。

1つは、「全社共通となる人材像」です。「我社ではどんな価値観で物事を判断するか?」「どんな仕事の仕方、働き方をするのか?」で定義します。判断基準と仕事の仕方のYes /Noがはっきりすれば、社員は自ずとその人材像に近づいていきます。判断基準と働き方がYes/Noで判断できる、メリハリがつくレベルで定義すると総花感がなくなります。

もう1つは、タレントマネジメントで活用する組織の機能に合わせた定義になります。

【ポイント・進め方】

1)全社共通となる人材像:

経営トップが大事にしている「価値判断基準」と「社員にどう働いて活躍してほしいか」をヒアリングして形にします。ここでは「経営トップの言葉そのもので定義しない」、「鵜呑みにしない」ことが大事です。

経営トップが発した言葉を仕事の流れ(PDCA等)に沿って重視することを伝え、最後に「こういうふうに仕事をしてほしいのです」と社員に分かりやすい言葉でまとめて確認するといいでしょう。

あるITベンチャー企業では、「社員の可能性を諦めない。ラーニング・オーガニゼーション。戦略ありきではなく人的資本ベースで戦略を考える」などと、経営者の発言のままを文章にしていました。しかし、採用面接で「御社の人材像は?」という応募者からの問いに社員らが答えきれずに苦労していました。そこで、このやり方で言葉をまとめ、「IT分野でやりたい仕事を自分で見つけて自分で作る。提案から体制づくり、納品から入金まで全部できる人がほしい。各自がやりたいことから構想して自ら動く。そんな人が集まり、お互いに協力して組織のリソースを使い倒す。それを経営陣が応援する働き方」と定義したところ、その思想に合った応募者が急増したそうです。

Yes/Noの判断ができるように人材像を定義すれば、採用基準、評価基準、昇進基準といった人事制度との結びつきも、強く設計することが可能になります。

価値判断基準としての活用・浸透方法は連載の「第4回:価値観浸透のレガシーの壁をぶっ壊す!」で、手段・方法やコツ、進め方を解説しているので参考にしてください。

 

2)機能別の人材像:

2つ目の方法は、会社組織の機能に合わせて人材像を設定する方法です。

営業、製造、管理など、組織の機能に応じて求められる専門的な知識やスキルは異なります。ですから、組織全体の機能、すなわち、組織力全体を持ち上げることを念頭に置きましょう。まず、機能別にどんなスキル・経験を身につけさせていけばいいかを、専門性の高さで整理(縦)します。そして、階層共通で仕事を前に進めていくために求められるPDCA等のスキルを整理(横)し、その縦軸と横軸で組み合わせれば良いでしょう。

ただし、ここで人事の皆さんであれば、「あれ!?」と気づくはずです。これは昭和の時代から設計し、活用してきた「スキルズインベントリー (skills inventory:社員が持っているスキルや能力を測定し、記録しておくこと)」です。機能別専門性の縦軸は部門で教育・指導してきたもの、階層別の横軸は人事主催の階層別教育やOJTで教育・指導してきたものと同じになります。

従来の人事の打ち手だけでは期待ほど結果がでなかったり、機能しなかったりしたので、「人材像」を具体的して、それを基に新たな打ち手を考える予定だったのに、これでは「先祖返り」です。そのままでは、無限にループしてしまいます。

これらを解消するために、機能別の人材像の「解像度」を上げましょう。

営業、製造などの大きな機能定義から、いきなり、細かい人材要件に落とし込むのではなく、機能をいくつかに分けて考えるのです。このいくつかに分けられた機能が「機能人材像」になります。エースピッチャーだけを集めても野球では勝てません。求められるポジション別に人材要件を具体化し、そのポジションに応じて、向いている人をアサインすることで強いチームを作りあげる。ポジションに向いている候補を選抜し、鍛えることで、選手層を厚くしていく。これと同じです。野球と同じことを我が社の組織で行えばいいのです。具体例を出しましょう。

次世代リーダーの選抜と育成に関する人材像で解説します。

次世代リーダーを「会社の業績や組織を成長させていく」と大きく定義した上で、「それを実現させるのはどれくらいの機能/タイプがあるか」を考え、因数分解するのです。

代表的な分け方としては、図1に示すように、

(1)国内で確立した柱事業のビジネスモデルを国内で太くする機能

(2)国内で確立した柱事業のビジネスモデルを海外の成長市場で展開する機能

(3)国内で新たなビジネスモデルや新たな製品やサービスを確立する機能

(4)国内外の企業や事業を買収し、グローバル全体で最適化する機能

に仕分けができます。

ここでキーになるのは、会社を成長させる機能により、求められる能力と資質の要件が異なることです(図2)。多くの会社では、(1)の既存事業を太くさせる機能を満たす次世代リーダー候補は多く存在しますが、その他の機能を満たす人材が不足している傾向にあります。資質は20歳くらいまでに形成される性格・動機・価値観などで後天的に変わりにくいと言われています。資質が合っていないと成長スピードも遅く、本人にも多大なストレスもかかります。多くの場合、(1)国内で確立した太いビジネスモデルが会社のメインの収益源になり、その候補者は多いものですが、その候補者に違う機能を持たせようとすると、苦労することになりかねません。ですから、次世代リーダーの機能別に候補者を選抜し、機能に応じた鍛え方をしていくと良いでしょう。四番打者以外のポジションの人材を厚くしていく発想と一緒です。

 

事業ライフサイクルのフェーズに対する「向き/不向き」もある

もう1つ、見落としてはいけない点があります。それは候補者が、事業のライフサイクル(導入期、成長期、安定期、衰退・再展開期)のどのフェーズに向いた資質を持っているかの把握です。大企業の安定的仕組みと規律によるマネジメントに向いていて成功した人事部長が、成長期のベンチャーに移籍したら機能しない等のケースは、この事業ライフサイクルのフェーズに対する「向き/不向き」が与える影響も大きいのです。(1)でも成長期、安定期、衰退・再展開期の時期により、求められる資質とスキルは異なります。

このように、次世代リーダーの人材像には、会社を成長させる機能×事業ライフサイクルのどのフェーズが向いているか、という視点で設計し、選抜・配置・教育等のタレントマネジメントの施策に繋げていけば、活きた形で人材像が活用されます。

次世代リーダー以外でも、組織の機能に合わせて、人材像の解像度を上げていけば、おのずと活きた施策が見えてくるようになるでしょう。

ぜひ、実践してみてください。

関連キーワード

[レガシーの壁を超える人事の取り組み]のバックナンバー

関連する記事一覧

メディア掲載実績

共同調査 受付中。お気軽にご相談ください。

共同調査の詳細はこちら 共同調査のお問合わせ その他のお問合わせ