第39回:シニア層に寄り添ったアプローチは、嘆きと甘えを助長させ逆効果になる

人事のレガシー39「シニア層にリスキリング/学び直しの研修を充実させる」
レガシーを破る視点「今、自分が職場でどう扱ってほしいか。どう行動したら周りがそうしてくれるかを気づかせる」

松本 利明
HRストラテジー 代表
外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパル(部長級)を経て現職。国内外の大企業から中堅企業まで600社以上の働き方と人事の改革に従事。5万人以上のリストラと6500人を超える次世代リーダーの選抜や育成を行った「人の目利き」。人の持ち味に沿った採用・配置を行うことで人材の育成のスピードと確度を2倍以上にするタレント・マネジメントのノウハウが定評。最近は企業向けのコンサルティングに加え、「誰もが、自分らしく、活躍できる世の中」に近づけるため、自分の持ち味を活かしたキャリアの組み立て方を学生、ワーママ、若手からベテランのビジネスパーソンに教え、個別のアドバイスを5000名以上、ライフワークとして提供し、好評を得ている。HR総研 客員研究員。
シニア層に過去の成功体験を思い出させても、今の現場にそれはないので機能しない
役員などで活躍する一部の人を除き、シニア層は役職を離れ後進に譲ります。人事も、新しくシニア層の上司となった同期や後輩も、今までの貢献に敬意を払いつつ、置かれた現状を察し、「寄り添う」アプローチを取ります。具体的には、エニアグラムなどで資質を炙り出し、ライフプランを描いてもらい、過去の成功と結びつけて自信を取り戻し、もう一度頑張るぞ! というモチベーションアップを図る研修を行うのがスタンダードです。定年後を想定し、マネープラン研修や新たな知識やスキルを学び直す機会を提供します。その上で、自らリスキリング/学び直しをしたいシニアに対し、手上げ研修で学ばせようと考えることがセオリーでしょう。
人事の本音は、自己啓発で何とかして欲しいのですが、各自の自主性に任せても現実は何もしないでしょうし、シニア層を強制的にリスキリング/学び直しさせる予算も工数もありません。そのため、モチベーションアップを図る研修はシニア層全体に実施するが、リスキリング/学び直しはやる気と投資価値がありそうな人に絞る、という現実的な選択になるのです。
一見理にかなっているように思えますが、ここにも罠があります。
どんなに正しい理屈を言われても、昇進の道を断たれ、役職が外され、給料が落ちれば、やる気もモチベーションも上がらないのです。それが人間の本質です。シニア層に寄り添っても「ちゃんと働けと言いたいのだろう」と見透かされます。
過去を振り返って輝いた時を思い出しても、現状の職場にはそれはありません。かえってやる気をなくし、拗ねてしまうのです。
シニア層に寄り添っても、突き放しても、生産性は上がらない
変に寄り添うスタンスは止めましょう。
シニア層は「自分を大切に扱ってくれない」と拗ねて駄々を捏ねる子供と同じ心情になっています。現在の職場で周りからどう扱って欲しいか、本音を引き出すことから始めましょう。過去を振り返るのではなく、今と未来に目を向けさせるのです。周りから「やっぱりベテランのAさんはすごい!」と思ってもらえるには、自分が周りに対し、どんな意識と行動をすれば良いかに気づかせるのです。周りに対するスタンスや言動、行動が変われば、職場での扱いが変わります。
尊厳を取り戻せるのです。
その上で学び直しの研修を行うと、今度はスルスルと吸収してもらえるようになります。
昔と今のギャップを知っても何も解決しない
シニア層に、今と昔のギャップを意識させることは止めましょう。
実力ではなく年齢で外された、などの被害者意識が出てくるからです。ポイントは、「今」にフォーカスさせ、今の職場で大事に扱ってもらえるようになるには、どうすれば良いかに気づかせることですが、理屈で説明すると拗ねてしまいます。自ら気づかせるには、心理学的なアプローチが有効です。
解決できないことと、本人が問題視していることを分ける
シニア層がイライラ、モヤモヤしていることの視界をハッキリさせるため、まずは「書き出してもらう」ことから始めましょう。本人たちで解決できないことと、問題視していることに区分けするのです。「景気低迷から経営が悪化し、50代シニア社員が必要とされないムードが会社にある」など、シニア層が自分たちで解決できない事案を議論しても、モチベーションダウンにしかなりません。解決できないことはいったん受け止めますが、それが議論の焦点にならないように、本人たちが問題視していることに気づかせるのです。「なぜ、あなた(たち)はそれを問題視するのか?」
「その結果、あなた(たち)はどうなるのか?」
と掘り下げていくといいでしょう。「尊敬されたい。大事に扱ってほしい」などという本音が出てきます。
ポイントは、「なぜ?」ばかりを問い詰めないことです。ここで「なぜ」と問い詰めると、また「会社が」「周りが」と他責の意識に切り替わってしまいます。
「どうすれば、周りはあなたを、そう見てくれるでしょう?」というように、本人が現場で現実的にできるアプローチを導けるように集中させましょう。
この段階に来ると、「あの態度だと周りも冷たくなるな」など、本人も原因は会社や周りではなく自分にあることに気づいています。傷口に塩を塗るのではなく、小さな一歩でいいのです。「出勤したら、『おはようございます』と自ら元気に声をかけよう」でも結構です。周りに対する行動や言葉が変われば、自ずと職場での扱いも変わってきます。
こうなればしめたものです。次に今から定年までの明るい未来時間イメージを創らせ、「今から未来にこれをやりたい」と、未来に向かっていく視点で、現場での行動計画を考えてもらうのです。目指す姿に向けて「どうすれば近づけるか」に絞ってプランするため、現実的かつワクワクして、シニア層の目の色も変わってきます。
結果、職場に戻ってから周囲と協調性のある具体的な職務行動計画が描け、実際に現場で行動できるようになるのです。
シニア層に感謝を示して動かすノウハウを身につけさせる
シニア社員がやる気を出すために本当に必要なのは、「未来時間イメージ」と「共同体意識」ですが、一般的に、シニア層はプライドが高く、ガラスハートです。職場に戻った時に、今まで通りに扱われてしまうと、一瞬で心が打ち砕かれます。
そこで、受け入れ体制を整えましょう。シニア層ご本人の行動計画をもとに、職場の1 人ひとりが、どう接してあげるとシニア層の助けになるかを考えさせておくことが基本です。
その上で、シニア層と接する時のコツを、研修などで身につけさせておくのです。
日本人は年上の部下やメンバーを持つことが苦手です。人生の先輩でもあるシニア層が部下や同僚になると、どう接して良いか困るのです。シニア層を褒める、叱る、コーチングするなどは、年下の上司や同僚にはできないでしょう。シニア層も年下にこのアプローチをされると傷つきます。ポイントは、「シニア層に感謝を示して、気持ちよく動いてもらうコツ」を教えることです。感謝を先に立てればシニア層は傷つかず、気持ちよく動いてくれるようになりますし、「上から目線」と誰も感じないので、周りも気兼ねなく接することができるようになります。
シニア層の活性化については、研修だけでなく、他の人事の打ち手で解決する方法を本連載「第10回:ベテラン活用のレガシーの壁をぶっ壊す!」で解説しているので、そちらもご参照ください。セオリーどおりでは上手くいかないシニア層の活性化と、生産性向上のヒントを掴めることを約束します。
[レガシーの壁を超える人事の取り組み]のバックナンバー
- 第39回:シニア層に寄り添ったアプローチは、嘆きと甘えを助長させ逆効果になる
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- 第37回:我が社のあるべき人材像を描いてみたが、抽象的すぎて活用できない
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- 第22回:「働き方改革」の壁をぶっ壊す①
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