第9回:OJTのレガシーの壁をぶっ壊す!

令和になった今でも「人事のレガシー」という亡霊に取りつかれたまま、思考停止している日本企業の人事によくお会いします。第9回目は「OJT」に焦点を当てます。
◆人事のレガシー9「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」
◆レガシーを破る視点「指示・指導ではなく、コツと作戦を教え、OJTされる側が自ら考える質問をする」

松本 利明
HRストラテジー 代表
外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパル(部長級)を経て現職。国内外の大企業から中堅企業まで600社以上の働き方と人事の改革に従事。5万人以上のリストラと6500人を超える次世代リーダーの選抜や育成を行った「人の目利き」。人の持ち味に沿った採用・配置を行うことで人材の育成のスピードと確度を2倍以上にするタレント・マネジメントのノウハウが定評。最近は企業向けのコンサルティングに加え、「誰もが、自分らしく、活躍できる世の中」に近づけるため、自分の持ち味を活かしたキャリアの組み立て方を学生、ワーママ、若手からベテランのビジネスパーソンに教え、個別のアドバイスを5000名以上、ライフワークとして提供し、好評を得ている。HR総研 客員研究員。
教わる側が考えている優先順に並沿って指示をする
OJTをする側とされる側では、当然される側の方がスキルは未熟です。そのため、教わる側が教える側の優先順を予測しようとしてしまい、聞き違いやミスを犯しやすくなります。
人は基本的に、自分が考える優先順に沿って考えるものです。教える側がどんなに正しく論理的に教えても、教わる側の思考に沿って指示してくれない限り頭にはちゃんと入っていきません。
ゆえに、教わる側が考えている優先順を確認した上で、教える側は優先順位を並び替えて指導するとスムースに理解してもらえます。
安いクーラーが欲しいとお客様が思っているのに、性能の良さを店員が論理的に正しく伝えてもお客様は買わないでしょう。相手の優先順を無視して伝えることを「説得」といいます。
お客様なら説得されても買わないという意思決定ができますが、OJTの場面ではそうはいきません。教える側は教わる側より社内では上位です。わからなくても「わかりません」とは言えないのが教わる側のメンタリティです。わかっていないのに作業をして間違えて怒られるという悪循環は避けましょう。
悪循環を避けるのは簡単です。「何が一番重要視しているの?」と教わる側に聞けばいいのです。その重要視している順番に沿って教えてあげれば、教わる方法もスラスラ頭に入ってくるようになります。
先ほどのクーラーのやり取りの例でも、
店員「安いのはAです。ところで、クーラーは何年間使う予定ですか?」
お客様「20年以上使いたいです」
店員「Aは安いけど品質保証は10年です。Bは高いですが品質保証20年。壊れにくく自動洗浄機能もついているのでメンテナンスを考えると1年当たりのコストはBの方が5000円もお得です」
と言えば、品質がいいクーラーを買ってくれる率も高まるでしょう。対話のテクニックを学ばせるより、一言「何を重要視しているか」を聞き、その順で話せば解決します。
作業ではなくゴールと作戦を伝える
「指示は曖昧。」「チェックは厳しい。」
自分で考えさせる力を身に着けさせるため、このような昭和の指導をしている方がいれば速攻で止めさせましょう。
今のご時世、新人からみるとただのパワハラです。リモート環境ならなおさらです。具体的に指示を与える方法は作業ではなくゴール、コツ、作戦を伝えることです。
オセロでいうとゴールは全てのマス目が埋まった時、自分のコマの色が相手のより多ければ勝ちです。コツは「四隅をおさえる」です。作戦は「ここに相手の駒を置かせると四隅がとりやすい」というように、コツを集めて組み上げたものです。状況を見ながら1手ずつ指導しても、される方は目の前の事しか考えられず、ストレスもかかえ、オセロに強くなることは難しいです。
カレーをつくる時に「玉ねぎを弱火で3分炒めてね」という指示だと初めて料理する人だと焦がしてしまうこともあります。「飴色になるまで、玉ねぎを弱火で3分いためてね」とゴールを教えた上で、指示を出すとミスを率がぐっと減ります。「弱火とはツマミを45度の角度で固定し、炒め方は・・」と指示を細かく積み重ねると一見親切のようですが違います。
教わる側が1回に正しく覚えられるキャパをオーバーしてしまい、間違える率が高まるのです。ゴールがわからないと作業を細かくしてもミスに繋がるのです。
なぜやるのか理由を伝えると自分の頭で考えだす
教わる側の優先順に沿って指示を確認し一度やってみる。もしくは「できそうだ感」がでたら「なぜ、その作戦でやるか?」を教えてあげると教わる側が自分の頭で応用を考えられるようになります。
例を出しましょう。クレープ屋で新人に「クリームは均一に塗りなさい(指示)。 そのためには、クリームを生地の真ん中に丸く落としなさい(コツ)。」の後に「そうすれば、どこから食べても同じ味になるでしょ(理由)」と理由を教えてあげると教わる側はどう考えるか。「ああ、クレープ、お客さんがどこから食べても同じ味になるようにしなきゃ いけないんだ。」 と理解すれば指示が「覚えること」から「考えること」に変わるので、自立的に考えるようになります。
ただし、伝えてつもりでは誤解を招くことがあります。ちゃんと伝わり、考えているかひとつ応用例を出して確認するといいでしょう。「ならバナナは?」と質問し、「クリーム同様、お客さんがどこから食べるかわからないから真ん中に置く」という答えがくればOKです。
理解が追い付いていなければ、再度理由を伝え、応用例をまた一つだせばいいでしょう。どんなに覚えが悪い方でも3回このやり取りをすれば身に付きます。コツは、指示をした後、「わかりました」と教わる側が言っても、作戦、作業、コツを一から最後まで教わる側に語らせましょう。
悪気がなくても、わかったつもりになっていることが多いからです。OJTされる側が口に出すことでわかったつもりになっていたことがわかり、その場で指示を確認すればやり直しの手間がなくなります。理解しているところ、してないところがわかるので教える側はピンポイントで効く指示が出せるようになります。
どんなに凄いことに取り組み、どんな感謝の声をもらうのかを考えさせる
部下が取り組む目標や仕事のモチベ―ションを継続させるには、日々の達成感と働く意味を見出すことです。達成感を得るには、1on1や作戦に沿った日々の習慣のPDCAを回すことで得られます。
キーになるのは働く意味です。自粛警察ではないですが、人は自分がやる行いに意味を見出すと、リモート環境であっても日々モチベーションをあげ続けることが可能になります。
ここで思い出されるのが、ドラッカーが語った「三人の石工」の挿話です。三人の石工に「何をしているのか」と聞いたら、一人は「暮らしを立てている」と答え、二人目は「石切の最高の仕事をしている」と答え、とりわけ生き生きと働く三人目は「教会を立てている」と答えた、という話です。
三人目の石工のように自分の仕事に意味を見出すには、上司が取り組み意味を教えることがスタートになります。
ただ、それだけで部下全員が腹落ちするわけではありません。頭で理解することと、心で納得することは違うからです。
心で納得してもらうためには2つの問いを使うといいでしょう。一つは、取り込む目標や仕事を「それは、どれだけ凄いことなの?」と部下に考えさせると、部下は自分にとってその取り組みがどんな意味を持つのかを考えだすのです。もう一つは、『その目標や仕事の提供先から、どんな「ありがとう」と感謝してもらえるの?』です。「これで部署全員の集計作業の時間が半分になる、ありがとう」「2つ、3つは事業化できそうな提案がでてきた、ありがとう」のように、ありがとうの声=仕事の提供価値を具体的に自分の頭ではじめて考えだすのです。
部下は、上司から目標や仕事を振られた時、その内容や指示を理解することに集中するあまり、取り組む意味や提供価値まで考える余裕や習慣がなくなるものです。あえて、この2つの問いを行うことで、目標や仕事の提供価値と自分にとって取り組む意味を部下自ら見出してもらいましょう。
「任せるけど困ったら一緒にやろう」と伝える
おじさん世代が響くセリフが若い世代に響くとは限りません。「最後責任は私が取るから任せる」というとおじさん世代は嬉しいものですが、若手には嫌われます。全部丸投げにされている印象を持つからです。丸投げしておいて成功したら自分の手柄。失敗したら私の責任にするのではと言えばいうほど、今の若い世代はひいていきます。
今の若手は上下より、フラット意識が高いものです。Twitterの世界ではホリエモンのツイートに誰でも発言でき、ホリエモンがどこの誰かはわからなくても真摯に返信する感覚を普通に持っています。当然任せては欲しいものです。ただ困った時は「一緒にやろう」と言ってくれる距離感に親近感と信頼を覚えるのです。
なので、おじさん世代は自分が若い頃に上司や先輩の指導の中で響いたセリフを全て描き出し、若い世代にみて、響くのか。伝わるのか。確認するといいでしょう。
「これ響かない」と言われても怒ったり、「意図を理解していない」と説得するとマイナスです。黙って話を聞くか、〇×アンケート形式にして若い世代の本音を聞くといいでしょう。若手の社員に、「こう指導して欲しい。この一言が刺さった。やる気になった。やってみたら効果がでた」という具体的な事例やノウハウをTwitter、Youtube、SNS、書籍等から具体的な箇所をあげてもらうのもいいでしょう。共有するだけでOJTする側もOJTされる側がどうして欲しいのかわかるので、自身の指導の仕方のアップデートが簡単に行えます。
人事がこれを主体に行い、既存のOJTマニュアルを書き換え、セリフレベルの指導方法を再教育するとOJTで成長する確度もスピードも大幅にUPするのでお勧めします。
[レガシーの壁を超える人事の取り組み]のバックナンバー
- 第35回:複線型人事にすると日本企業ではジョブ型でもメンバーシップ型でも機能しない
- 第34回:「評価運用」の壁をぶっ壊す⑦ -KPIより頑張りを評価してほしい-
- 第33回:「評価運用」の壁をぶっ壊す⑥ -リアルワークとテレワークが混在する状態でプロセス評価が難しい-
- 第32回:「評価運用」の壁をぶっ壊す⑤-評価者研修を実施しても評価目線がそろわない-
- 第31回:「評価運用」の壁をぶっ壊す④-評価結果は納得しても報酬配分に納得いかない-
- 第30回:「評価運用」の壁をぶっ壊す③-チャレンジするより無難な目標のほうが報酬が安定していい-
- 第29回:「評価運用」の壁をぶっ壊す②-評価結果がひっくり返ったら根拠を示す-
- 第28回:「評価運用」の壁をぶっ壊す①-KPIより頑張りを評価してほしい本音に迫る-
- 第3回:行動評価のレガシーの壁をぶっ壊す!
- 第4回:価値観浸透のレガシーの壁をぶっ壊す!
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- 第22回:「働き方改革」の壁をぶっ壊す①
- 第21回:「1on1の指導」の壁をぶっ壊す
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