第30回:「評価運用」の壁をぶっ壊す③-チャレンジするより無難な目標のほうが報酬が安定していい-

人事のレガシー30「チャレンジ目標に「難易度」等のウエイトを加算する」
レガシーを破る視点「チャレンジした目標より現実的な結果を標準値に置くことでチャレンジした損をなくす」

松本 利明

HRストラテジー 代表

外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパル(部長級)を経て現職。国内外の大企業から中堅企業まで600社以上の働き方と人事の改革に従事。5万人以上のリストラと6500人を超える次世代リーダーの選抜や育成を行った「人の目利き」。人の持ち味に沿った採用・配置を行うことで人材の育成のスピードと確度を2倍以上にするタレント・マネジメントのノウハウが定評。最近は企業向けのコンサルティングに加え、「誰もが、自分らしく、活躍できる世の中」に近づけるため、自分の持ち味を活かしたキャリアの組み立て方を学生、ワーママ、若手からベテランのビジネスパーソンに教え、個別のアドバイスを5000名以上、ライフワークとして提供し、好評を得ている。HR総研 客員研究員。

チャレンジする方が不利になるのが現実

チャレンジを促進するべく「難易度」等の評価項目を設けチャレンジ目標にウエイトを加算するという考えは間違いではありませんが、現場の実態に照らし合わせると落し穴がみえてきます。誰かがチャレンジすると、部署全体のノルマが上がります。結果、未達の場合、部署内の誰かがそのマイナス分をカバーすることになります。「誰だよ、できもしないチャレンジなんかしたのは、こっちはとばっちりだよ」となり、犯人捜しが始まります。当然、未達のノルマの押し付け合いは部署内に知れ渡ることになります。難易度で加算しても、周りに迷惑をかけた分、評価がマイナスになります。こうなると、チャレンジした本人は「チャレンジしたのに逆に損した」、ほかのメンバーは「チャレンジして失敗すると大変な目にあう」となり、チャレンジするより、堅実な目標を設定し確実に達成していくほうが得策という認知が広まり、チャレンジしなくなるのです。上司も「チャレンジしたいことは分かったけど、部署全体の目標が上がるので、目標設定は無難なラインで。チャレンジしたレベルで達成したらプラスで評価するよ」と堅実路線に誘導し、リスクを避ける心理が働くのは致し方ないことです。

また、チャレンジの中身は「沢山の量をやる」か「難しいことをやる」という内容になりがちです。ゆえに、面白みや意義を感じず、本人も周囲も「眉間にしわを寄せてただひたすら大変な負荷を抱え込む」イメージに追い込まれます。チャレンジして成功しようものなら、さらに仕事の量や難易度の高い仕事が追加され、やればやるほどつらくなる一方、ストレッチ目標が続けば、いつかは未達になり、周りに迷惑をかける。そうした先行きが現場では分かっているので、チャレンジしても報われないという後ろ向きの文化になってしまうのです。

安心と保証をチャレンジの前に用意する

チャレンジし続ける多動力とタフなメンタルを持っている人は極少数です。「安心安全」が保障されていない限り、チャレンジする気にはならないのは当たり前です。目標設定時の「難易度」以外にも評価のセーフティー施策が必要です。評価の運用面としてはもちろん、チャレンジを認め、賞賛し、処遇することで安心・安全とチャレンジをする醍醐味を味わえる組織文化に変えていくことです。人事が愛情からいきなり細かくチャレンジを定義したり、仕組み化したりすると現場は逆にしらけます。チャレンジすることで「私も認められたい」「チャレンジを楽しみたい」と社員が思えるようになる評価・処遇の仕掛けと演出が必要です。

①未達でもどこまでいけば標準以上かを設定時に握る

チャレンジが必要なレベルだった場合は、期待通りの成果が出なくても、ある意味いたしかたないのです。期待通りでなかったとしても、現実的にどこまでやれれば標準評価で、どこまで行けば卓越達成なのかを期初の段階で握っておくことが大事です。図表1に示す通り、他の目標は100%達成=標準評価でも、チャレンジ目標なら70%の達成度で標準評価、100%の達成なら卓越達成ですよ、とする等です。標準ラインは現実的に評価者と被評価者で煮詰めればみえてくるので、期初に数字に落とし込んでおけば安心してチャレンジでき、後になって言った言わないで揉めるリスクも減らせます。

もう1つ、卓越レベルの達成度も決めておきます。上司からすると誤差の範囲にみえても、被評価者自身は少しでも標準ラインを越えれば卓越した達成度だと強く思ってしまうので、期待通りの評価ではなかった場合、逆に大きく落ち込み、裏切られた思いを抱き、会社や評価者への信頼度が落ちます。周りもその様子をみていて、「チャレンジ通りに達成しても、たいして評価が上がらないなら、無難で堅実のほうが手堅い」と認識し、安全策で保険をかけるようになります。チャレンジ目標は、どこまでできれば卓越評価になるのかも明文化しておきましょう。

②「チャレンジ」とその中身を経営者が表彰する

チャレンジ評価を、ウエイト等で設計することはたやすいのですが、実際に結果が出ないとプロセスの評価はしにくいものです。ただ、プロセスがどう評価されるかで、安心してチャレンジできるかどうかが決まります。ここは2 つのアプローチが有効です。

アプローチ1

1つは、「チャレンジ賞」を設け、チャレンジしたこと自体を経営が表彰していくことです。チャレンジには幅も種類もあるので本連載で示したように、社員から認めてほしいチャレンジの解像度を上げて公募し、リクエストが多かった順に並べ、会社として認めるチャレンジを決めて表彰することで、結果がうまく出なくても、こんなチャレンジなら認められるのだという安心感が醸成されていくのです。

アプローチ2

もう1 つは、チャレンジし、失敗したことを「しくじり先生」のように社員に共有してもらうことです。チャレンジと失敗からは多くのことが学べます。それを共有してもらうだけで、他の社員も学べ、組織として知見が蓄積されます。本人も伝えるためことを通して、きっちり振り返り、次への改善点も考えることになるので、挫折しても復活しやすく、ネクストチャンスも得やすくなります。実際、大成功しているビジネスパーソンはチャレンジして失敗したエピソードをたくさん持っています。従って、チャレンジと失敗からの乗り越え経験を昇進の条件にしてもいいでしょう。人事の裏基準でも構いません。実際、挑戦もせず挫折からの乗り越え経験もない人材がこれからの時代をリードしていくことはできません。意味あるチャレンジと失敗を奨励する企業は勢いが違うので、ぜひ御社でも取り組んでみてください。

③「チャレンジ」していることを1on1に組み込む

1on1で話す項目に「チャレンジ」を取り入れましょう。会話中に頻繁にチャレンジが出てくると、チャレンジは特別な案件ではなく、日常的に考え活動するものだという認識が生まれてくるからです。「チャレンジ賞」や「しくじり先生」を四半期毎に設定し、年間を通してMVPを決める等、チャレンジと賞賛を頻繁に行うことで、チャレンジへの抵抗感を減らし、日常化を促せます。

④「チャレンジ」に取り込む意義を見出してもらう

チャレンジですから必ず成功するとは限りません。勢いで突破できるケースもありますが、勢いだけだと挫折もしやすくなります。チャレンジを心からやり遂げる意味をみつけましょう。困難があっても「どうやれば乗り越えられるのか?」と前向きになるからです。方法は簡単です。そのチャレンジは「どんなにスゴいこと」なのかを当人に考えさせることです。「全社や部署にどんなインパクトを与えるか?」「業界構造と未来をどう塗り替えるか?」等、評価者が方向性を出してあげると当人は考えやすくなります。キーは、「チャレンジとその達成が、あなたにとってどれだけスゴいことか」を考えさせることです。市場、全社、部署へのインパクトはある意味、作文できますが、自分にとってどれだけスゴくて意味のあることなのかを自問自答すると、当人自ら取り込む意義を見出せるのでモチベーションの源泉になります。チャレンジする内容が「量をやる」「難しいことをやる」という今の延長線上でただつらいだけのものしか思いつかないときは、「改善する→前例がないことをやる/やめる」「難しいことをやる→シンプルにする」等、逆からみることで、本質的でやるべきチャレンジが見つかりやすくなります。詳しくは本連載「第15回:チャレンジ目標設定のレガシーの壁をぶっ壊す!」に解説しているので参照してみてください。

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