第7回:キャリア開発のレガシーの壁をぶっ壊す!

令和になった今でも「人事のレガシー」という亡霊に取りつかれたまま、思考停止している日本企業の人事によくお会いします。第7回目は「キャリア開発」に焦点を当て、人事のレガシーを破る方法をご紹介していきます。
◆人事のレガシー7「自分の強みをもとにキャリアの計画を考えさせる」
◆レガシーを破る視点「各自に資質とその組み合わせ方を教えることで速く楽に成長させる」

松本 利明
HRストラテジー 代表
外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパル(部長級)を経て現職。国内外の大企業から中堅企業まで600社以上の働き方と人事の改革に従事。5万人以上のリストラと6500人を超える次世代リーダーの選抜や育成を行った「人の目利き」。人の持ち味に沿った採用・配置を行うことで人材の育成のスピードと確度を2倍以上にするタレント・マネジメントのノウハウが定評。最近は企業向けのコンサルティングに加え、「誰もが、自分らしく、活躍できる世の中」に近づけるため、自分の持ち味を活かしたキャリアの組み立て方を学生、ワーママ、若手からベテランのビジネスパーソンに教え、個別のアドバイスを5000名以上、ライフワークとして提供し、好評を得ている。HR総研 客員研究員。
「強み」はもっと強い人が現れたら「強み」でなくなる
日本企業は2つの視点から社員にキャリア教育をしてきました。一つは、各自の強みをエニアグラムなどのツールやフィードバックを通して気づかせ活用すること。もう一つは、強みをもとに自分キャリアを考えさせること。ここに落とし穴があります。
「〇〇になるためにこんな仕事や経験を積みたい」と考えても、現場にその仕事はないことのほうが多いでしょう。実際は、昨日と変わらない現場仕事が待っているだけです。
また、自分でキャリアを考えさせても、「とにかく専門性を深めよう」「目標となる人と同じ道を辿ろう」という安易な考えや、自分にとって都合の良い将来設計しか頭に浮かばない社員も多いでしょう。しかし、良いポジションはみんなが狙っているものなので、自分の期待通りの仕事や経験は詰めないほうが普通です。
ポジションの奪い合いで勝てるのは「最も強い人」です。強みは相対的なもの、もっと強い人が現れたら負けるのです。同期間だけでなく上司、先輩、後輩、全社内の争いです。
強い人順にみんなが狙うポジションが埋まっていくので、必然的にポジション競争に負ける人の割合が圧倒的に高くなります。相撲であれば毎回番付が勝敗で変わりますが、組織の中の序列は毎年ガラガラポンにはなりません。一度決まった序列はほぼずっと続いていくものです。
中途半端に期待させ、キャリアパスを考えさせると実現できなかった時のショックは図り知れません。キャリアパスを描くことは、このご時世、ただのキャリア挫折をいたずらに増やすだけです。今時の優秀な人材は見切りも早いもの。優秀な人材こそ自身の成長を諦めて普通の人になるか、転職して他社に移ってしまいます。
今のご時世、AIを含め変化のスピードは加速しています。専門性を基盤にキャリアを考えると足元から崩れていく危険があります。キャリアパスという道ではなく、キャリアの「オプション」をいくつも手に入れられる方法を教えていくのが正解です。
強みではなく「持ち味」で各自を強くさせる
社員には「強み」ではなく、各自の「持ち味」に気づかせ開花させるほうが能力の成長が早く、ビジネスの結果とやりがいもでてきます。
持ち味とは「資質」のことです。20歳くらいまでに形成される個性であり、その年齢以降は滅多に変わりません。資質にそった行動をとれば早くラクに成長します。
逆に、資質にないものは身に着けるのに苦労する割に伸びません。資質にそった専門性はすぐに身に付きますから、社員ごとの資質にあわせた価値を出せるようキャリア教育をするのが大切です。
成功し続けている大企業の選抜リーダーの育成計画はまさにこの資質をベースに個別に設計しています。大企業の選抜されたリーダーと普通の会社の中堅・若手層では、資質を活かしたキャリアを考えさせるコツを解説しています。
どんな「ありがとう」を言われるかを書き出す
社員が自分の資質を確かめるには「その人が仕事でどんな価値を出しているか」を確認する方法がおすすめです。つまり、「どんな『ありがとう』を言われるか」を集めるのです。本人に思い出させてもいいですし、周りから集めてもいいです。人間は自分を客観視するのは難しいですが、他人のことは非常に客観的に見ることができます。
「ありがとう」=「その人独自の提供価値」であり、「ありがとう」の声はその人の資質に沿って発揮された価値に対するものであることが多いです。つまり、「ありがとう」=「その人が一番向いていて早くラクに成果を出せること」というです。同じ事務作業に対する「ありがとう」でも、「いつも正確でありがとう」「いつも素早く対応してくれてありがとう」「細かいところに気を利かせてくれてありがとう」など、人の数だけありがとうの種類が存在します。
自分の資質を理解するには、日々の仕事で周囲から言われる「ありがとう」の声を可視化しましょう。
「ありがとう」の声に一貫性を持たせる
「ありがとう」と言われる提供価値が、いつでもどこでも誰からも同じように思われる「一貫性」を持つようになると、その人のパーソナルブランディングが進みます。
ブランドとは「価値を証明」するものです。「仕事が早い」と上司には言われるが他部署からは遅いと言われるなど、ありがとうの声に一貫性がないとその人のブランディングは進みません。
でも、ご安心ください。資質に沿ったありがとうであれば、早くラクに一貫性を持たせて提供できるようになります。逆に、資質に沿わないありがとうの声を集めようとすると危険です。「こりん星はなかった」というように、無理をするといつかその無理に限界がきます。
「どんなありがとう(提供価値)」でも「一貫性(パーソナルブランド)」を持たせていけば早く楽に成長できます。キーは資質。今の仕事でも、どんな仕事でも資質を活かす方法を知れば、自分らしく早くラクに成長し、結果を出してやりがいを感じやすくなります。キャリアのオプションを持つことができるようになるでしょう。
資質に沿った「ありがとう」を集めることを基本にしてください。
資質を組み合わせてオリジナルにさせる
次に、資質をどう活かすかについて解説します。
例を出しましょう。昔は編集者の仕事は「お酒が強い」ことが有利と言われていました。作家と打ち解け合うことがラクにできるからです。では、下戸な人は優秀な編集者に成れないかというと、そうではありません。その人の資質を組み合わせることでオリジナルになるのです。
仮に「聞き上手」、「口が上手い」「作業が速い」「難しい交渉を円満にまとめる」ことができれば、他の編集者から頭一つ抜け出す編集者になれます。実際、ミリオンセラーを連発したとある敏腕編集者はまさにこのタイプでした。このように、資質をうまく組み合わせれば、どんな仕事でも自分らしくラクに成果を出せるようになるのです。
大切なのは、ないものねだりするのではなく、手持ちのカードを強くしたり、組み合わせたりすることです。
優れたところには必ず裏返し面があります。野球で言えば、長打力があるけど足は遅いなどです。野球は4番打者だけではありません。ピッチャー、キャッチャーなど9つの役割があります。選手各人が「肩がいい」「心理戦に強い」などの資質をもとに、どんな役割でどんなプレーをするスタイルがいいか自分の資質を組み合わせているように、社員一人ひとりにも自分の資質の活かし方を教えてあげる必要があります。
人より「速く」「うまく」できることを書く
次に、より細かい資質の洗い出し方を解説します。
まずは自分で「早くラク」にできる仕事をどんどん書き出してみましょう。「ワリカンの暗算が速い」「どんな人ともすぐ友達になれる」などです。早くラクにできることには資質が潜んでいます。速くラクにできるというのは、本質をつかむのが早いということです。「どこにポイントを置き、どこを省略するか」といったコツを無意識のうちに会得していることといえます。
なぜ、速くラクなのか、その中に眠るポイントが資質です。
「ワリカンの暗算が速いのは、瞬間的な記憶力が高いから」「どんな人ともすぐ友達になれるのは、感受性が高く、相手の興味に沿って話せるから」というように、その人の資質がより細かく具体的に可視化されます。
欠点やコンプレックスから魅力を引き出す
それでも資質が中々でてこない人もいるでしょう。その際は発想を逆転させましょう。自分で欠点やコンプレックスの中からいい意味の資質を引き出すのです。
一つ例をあげます。「臆病」。次に、その欠点の下に「いい意味で」と書き、言葉を変換します。「臆病」→「いい意味で」→「現実的に、リスクを潰し、確実に進める策を練れる」。この「いい意味で」は、言葉の意味を逆転される装置です。
しかし、実は本人が欠点やコンプレックスと感じていることに「魅力」が隠れているのです。自分では「嫌い」という面をうまく魅せることで人はギャップを感じ、魅力を感じているのです。つんくさんが以前TVで「この歌がヒットするかどうかは最初にアーティストに曲を渡した時に「これ私(達)が歌うのですか!」と露骨に嫌な顔をした時は売れると言っていました。
楽曲を提供するアーティストの魅力を突き詰めていくと、嫌で隠したいところを強調することになるそうです。ビジネスパーソンも同じです。欠点の中に実は自分の魅力が隠れていたことを知ると喜び、自信を持ってくれるようになるのでおすすめです。
資質テストも同じステップを踏む
資質はSPI、ストレングスファインダー、FFSなどのテストで判定することができますが、その結果を社員が聞いても、自分のキャリアにどう活かすか判断できません。資質テストの結果をもとにキャリアを考えさせる時は、上記で解説したプロセスと内容を実施することで効果は倍増します。
逆に、資質テストの結果だけだと「嵐の松潤タイプ」という週刊誌の占いと同じような印象で受け取られてしまいます。「資質」=「自分のレッテル」と思い込み、違う意味で広がる恐れがあるので注意してください。
この資質を知り、組み合わせて成長していく方法は、職場に戻ってすぐ実践できます。「なりたい自分」ではなく「求められる自分」を活かすキャリア観と方法を教えてあげるのが一番有効です。
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