第43回:リーダーシップのセオリーをぶっ壊す④-仕事ができる人をリーダーにすると失敗する-

人事のレガシー43「まず仕事ができる人を選抜し、リーダースキルを研修で鍛える」

レガシーを破る視点「『この人についていきたい』人をリーダーにする」

松本 利明

HRストラテジー 代表

外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパル(部長級)を経て現職。国内外の大企業から中堅企業まで600社以上の働き方と人事の改革に従事。5万人以上のリストラと6500人を超える次世代リーダーの選抜や育成を行った「人の目利き」。人の持ち味に沿った採用・配置を行うことで人材の育成のスピードと確度を2倍以上にするタレント・マネジメントのノウハウが定評。最近は企業向けのコンサルティングに加え、「誰もが、自分らしく、活躍できる世の中」に近づけるため、自分の持ち味を活かしたキャリアの組み立て方を学生、ワーママ、若手からベテランのビジネスパーソンに教え、個別のアドバイスを5000名以上、ライフワークとして提供し、好評を得ている。HR総研 客員研究員。

仕事ができる人は「仕事のできない人」の気持ちがわからない

仕事ができる人の最大の欠点は、意識しなくても仕事ができてしまうため、仕事ができない人の気持ちや理由がわからないことです。ゆえに、仕事ができない人からみると、「できる人=怖い人」という図式になりやすくなります。加えて、仕事ができる人は、「仕事ができること」にこだわりやプライドを持つ傾向があります。仕事ができることを大事にしているがゆえに、仕事ができるかどうかを基準に上か下かを争いたがります。「だったら、仕事で勝負するか!?」といった言動をとりがちですが、今のご時世ではただのパワハラです。放置しておくと仕事ができる人もメンバーも潰すことになりかねません。仕事ができる人に後からリーダースキル、マネジメント力を身につけてもらおうとして失敗した企業は星の数ほどあります。
仕事ができればすべてが許される時代は終わりました。今は、「この人についていきたい」と周りから認められ、選ばれる人をリーダーにするのが正解です。仕事だけができる人はリーダーではなく、スペシャリストとして貢献してもらうことで「できる人」として尊敬を集めるようにするほうが組織として健全なマネジメントが可能になります。
人は「キャラ違い」の扱いをされると困惑します。強気で仕事のできる人が急に弱みを見せても普段とキャラが違うので周りはどう振る舞っていいか分からず、機能しません。リーダーには一貫性が必要です。ですから、「この人についていきたい」と周りから一貫して認められる人をリーダーに任命し、その後に仕事のスキルを鍛えていくほうが早道なのです。

ついていきたい人の人材要件は2つある

「この人についていきたい」人を一言でいうと、関わる人それぞれが「この人にお世話になった恩人」と感じている人、「私の味方で裏切らない」人です。
この2つが成り立つ人は、基本的に仕事はできますし、できないことや苦手なことも周りから応援・支援されるので、自分1人で全部できなくても、チームワークが機能し、物事は速く前に進んでいきます。現場からは即戦力として「仕事ができる人」を要望されるでしょうが、人事としては戦略的に「ついていきたい人」をたくさん育てていくことが、急がば回れで優秀なリーダーを速くラクに育て、広めていくことになります。すべてができるパーフェクトな人は現実にはいません。漫画『ONE PIECE(ワンピース)』の主人公モンキー・D・ルフィーも敵に捕まるし、失敗することも多々ありますが、味方を裏切らず、見返りを求めずに助けるので人がついてくるし、応援されていることと一緒です。

ついていきたいと思われる人になるには「戦略」がある

「この人についていきたい」人は、ややもすると「人間力を高める」というように抽象的な話になりがちですが、 5万人をリストラし7,000名以上のリーダーの選抜・育成に関与してきたデータからまとめると、態度や行動に特徴が見出せます。その特徴的な態度や行動を振る舞うことで、誰でもついていきたいと思われる人になれるでしょう。そうです。ついていきたい人は、資質や性格だけによって決まるものでなく、そこには「戦略」が存在するのです。今回は代表的なものを6つ解説します。

①「信用」を超え、「信頼」されるようになる

信用されることは難しいことではありません。次の3つのことを実行すれば良いでしょう。
1つ目は、部下の仕事の悩みに答えてあげて解決すること。2つ目は、どんな小さな約束でもちゃんと守ること。3つ目は、裏表なく一貫性があることです。上役と部下とで態度が違ったら冷めるし、「裏がある」と垣間見られる人は信用されません。
これだけでも、人間関係は普通に良好になりますが、「ついていきたい」と思われるには、さらに「信頼関係の構築」がポイントになります。人間関係における「信頼」を一言でいうと、「この人は自分の味方になってくれる」ということです。上司が部下のことを思って話しても、部下が納得してくれなければ「上司の独り言」です。信頼はされません。上司が伴走者となり、部下から「常に私のことを気にかけてくれている」と思われることです。それには例えば、「あの件、大丈夫?」とひと声かけること。部下が困っていそうなタイミングで、説教やアドバイスではなく、「一緒に考えようか」というスタンスで声をかけるのです。この一言で、部下は上司が言葉だけでなく本当に寄り添ってくれていると感じます。上司が「自分のためを思って、いま言ってくれている」と部下が納得し、認識してくれることで信頼が築けます。

②相手の立場で「本音の不安」を解消する問いかけ

相手に寄り添うことは大事ですが、寄り添ってくれたと判断するのは相手です。「何でも聞いてね、力になるから」という一言は、一見、寄り添っているように見えますが、抽象的すぎるため、部下からすると「寄り添います」のゴリ押しとも認識されてしまいます。ここは、相手の立場で、言葉にせずとも「何が不安なのかな?」「自分ならどう助けてあげられるかな?」と考えて接するスキルが求められます。

③話す時間をしっかり取る

部下は、「自分の話を聞いてほしい」「何かをしてほしい」ときにちゃんとかまってくれないと、「リーダーは自分のことしか優先しない人」とみなし、信頼残高がなくなります。ややもすると部下は、「あの人にはついていけない」など、上司や人事に告げ口したり、転職していなくなったりしてしまうこともあり得ます。
では、どうすればいいのか。
仕事に追われてバタバタするのは仕方ないという前提で、「必ず手を止めて聞くから声をかけてね」と宣言すればいいのです。また、「どうしても手が離せないときは、改めてあなたと話す時間を取るから」と伝え、その約束を守ります。そうすれば、「私のことを優先して考えてくれる味方であり、この人についていきたい」という認知が広まります。

④武勇伝を語らない

上司が「私があなたの立場にいたときはね・・・」と自分の過去の成功体験を伝えると、自慢話に聞こえてしまうので避けましょう。上司が「私の場合は・・・」と武勇伝や経験則を語っても、「それ以外の都合の悪い場面だってあったでしょう?」と、部下は見透かしてしまいます。また、「自分の過去について、人は輝かしく良い経験しか覚えず、認識しない傾向がある」とするハーバード大学の研究もあります。よかれと思ってアドバイスをしても、上司の一方的な独り言になってしまってはもったいないので、伝えるなら、武勇伝や経験則ではなく、コツとして解説しましょう。
「残業するの? 私は君の立場のときに○○したら残業しないで済んだよ」は、うるさいと思われる武勇伝であり、経験則です。「残業で何をするの? 書類作成が終わらないの? 速く確実に終わらせるコツがあるんだけど、どう? やってみる?」と、コツとして伝えれば、相手の受け取り方にも雲泥の差が出てきます。武勇伝を語らないようにするのは簡単で、コツとして整理してたくさん用意しておけばいいのです。コツを整理しておかないと経験則からしか語れなくなります。社内で事例共有を行う、新聞や本を読むなど、インプットを欠かさないようにしましょう。個人の自己啓発に任せるとやらない人が大半です。社内SNSを使ったラーニングコミュニケーションなどを取り入れてみるのも一考です。

⑤変化をネガティブに捉えない

人は、どんなに本音で共感できてもネガティブな発言をする人には寄り付きません。「ついていきたい」人は、どんなときもポジティブな発言をします。
リーダーは「役割」です。ポジティブな側面に目を向けて伝えることもその役割の1つです。ただし、“根拠のないポジティブ”は見透かされ、かえって信頼を失いかねません。コツは、ネガティブなことも「逆から見る」ことです。「コロナ禍で今は営業ができないけれど、変われるチャンスなんじゃないか。テクノロジーを活用してデータドリブンな営業スタイルを試してみよう。今だからできることもあるよ」と発想します。逆の視点が必ずしも正解ではないかもしれませんが、少なくとも、ポジティブな方向性は打ち出せるものです。常に変化する世の中です。変化の影響は今まで通りにはいかなくなることを意味しますので、ネガティブな印象を持つのは当たり前ですが、変化をリーダーがどう捉えるかに部下は着目しています。経験したことのない変化でも、乗り越えていく姿勢に共感できると、この人についていきたいと部下は考えるようになります。

⑥相手のことをたくさん知る

人との信頼関係の強さは、その人をどれだけ知っているかに比例します。たくさん知っている人は、強み・弱みを含めた特性が分かるので仕事を安心して任せやすいのですが、苦手な人やよく知らない人には仕事を振りにくく、心の距離が遠ざかっていくものです。
関係者のことをどれだけ知っているかについて、一度洗い出してみると良いでしょう。一人ひとり、何を知っているか・知らないかをマトリクスで整理してみると、「情報量」と「信頼度」が相関していることが一目瞭然で分かります。本連載の第33回:「評価運用」の壁をぶっ壊す⑥ -リアルワークとテレワークが混在する状態でプロセス評価が難しい-(https://hr-souken.jp/article/40883/)でご紹介したマトリクスを参考にすると良いでしょう。

たくさん情報を知ると、「サイクリングが好きな人に悪い人はいない」など、思わぬ共通点がトリガーとなって、心の距離が近くなり、情報量が増えて見方が変わり、信頼関係が深まることは多々あります。

いずれにしても、「人は自分に影響することにしか興味がない」という前提に立ち、言葉で「あなたのため」と語りかけるのではなく、相手の言葉に出ていない不安や本音を解決する質問や一言をかけてあげることを習慣づけましょう。その一言が外れても、「本当に私のことを考えてくれた一言」であれば、相手の心の琴線に触れます。そのフィードバックを受け取ることで相手に対する情報も増え、質問や一言の精度も上がります。人事は、こうしたリーダーシップのサイクルをぜひ全社に浸透させましょう。新人でもベテランでも、自分の役割に沿ったリーダーシップを誰もが発揮できるようになるでしょう。

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