第35回:複線型人事にすると日本企業ではジョブ型でもメンバーシップ型でも機能しない

人事のレガシー35「働き方や貢献の仕方に応じて職群やキャリア区分を設定する」

レガシーを破る視点 「該当者がいない、外す目的、給料を下げる目的の3つの職群はなくす」

松本 利明

HRストラテジー 代表

外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパル(部長級)を経て現職。国内外の大企業から中堅企業まで600社以上の働き方と人事の改革に従事。5万人以上のリストラと6500人を超える次世代リーダーの選抜や育成を行った「人の目利き」。人の持ち味に沿った採用・配置を行うことで人材の育成のスピードと確度を2倍以上にするタレント・マネジメントのノウハウが定評。最近は企業向けのコンサルティングに加え、「誰もが、自分らしく、活躍できる世の中」に近づけるため、自分の持ち味を活かしたキャリアの組み立て方を学生、ワーママ、若手からベテランのビジネスパーソンに教え、個別のアドバイスを5000名以上、ライフワークとして提供し、好評を得ている。HR総研 客員研究員。

処遇をあげない理由づくりの職群は社員に見透かされている

日本企業は、メンバーシップ型、ジョブ型に関わらず、職群を沢山設定し、キャリアや処遇の選択肢を選べるようにしてきた歴史があります。しかし、お気づきの通り、機能しているケースは稀です。

経営や人事の「本音」を素直に考えればわかります。

職群を多数設ける本音は、「年功的に報酬を上げたくないので、その理由が欲しいから」です。

「スペシャリスト職群」が典型でしょう。スペシャリスト職群は、AI技術者や弁護士等の余人を持って変えられず、労働市場でも人気で引く手あまたな人材を処遇することが目的です。社内でも、そのようなスペシャリストを育て処遇するために、理屈では設置したはずが、実際の運用は、管理職としてポスト任用されない方々が所属する職群になっているのが実態でしょう。会社都合でポストの新設・廃止が決まるのが日本企業でもあるので、いちいち管理職に昇降格させるより、管理職層に人材候補を一旦プールしておきたい。しかし、ポスト任用されていないとマネジメント職群になれないので、いったんスペシャリスト職群に置いておくのが運用上でも都合がいい。人事としては、管理職としてポスト任用されない方は、「スペシャリスト職群」として処遇し、管理職に相当する知見をもとに専門性を発揮して、組織貢献して欲しいという理屈です。

その結果、「スペシャリスト職群」というものが、管理職になれない人の吹き溜まりになってしまうのです。ゆえに、「え、この人がスペシャリスト?」という人が所属するため、社内からはスペシャリストとして認識されず、本人も周りを見て「自分は出世コースから外されたオワコンなんだ」と諦め、定年までモチベーションが低いまま、クビにならない程度にやり過ごそうとしてしまう。すると、本当のスペシャリストが埋もれてしまうので、エキスパートなど、さらに専門職群を分化する悪循環に陥り、組織も個人も誰も得にならないという状況が生まれるのです。

勤務地限定職群は、勤務地を限定する代わりに、その地域の低い報酬水準が適用され、出世をすることもありません。管理職としてポストに任用されなくても、「お互い合意だよね」という理屈です。「勤務地限定」に処遇されると、「職業人生はもう決まった」という「悟り」、いや「諦め」が生じるのが人間というものです。会社に期待をしない代わりに、「ここまでしかやらない」と、チャレンジやイノベーションや自身の成長も「限定」してしまうため、結果として人材を「塩漬け状態」にしてしまっているのが、いまの日本企業の実情でしょう。

人事の愛情が強いからこそ不時着する

こうした状況に陥る原因は2つあります。

一つは、人事制度と事業の成長段階が、企業の成長段階にフィットしていないことが挙げられます。業績が上がらず、人件費が年功で膨れ上がる中で、経営からは「人件費を最適化したい」といわれてしまう。そこで、人事制度上のテクニックや無理やりの理屈付けで何とかしようとしても、人は馬鹿ではないので、見透かされてしまうのです。

もう一つは、人事が真面目過ぎて、経営や現場から上がった数々の課題に対し、一つ一つ愚直に制度を充実させることで応えようとすることです。結果、一つの打ち手を行うと、違うところに無理が発生し、また追加で打ち手を行うというモグラ叩き状態になり、人事制度がどんどん膨れ上がりデブってくるのです。ダイエットや健康にいいと言われる食材を全部食べようとしても食べきれる数や量でなくなり、かえって不健康になったり、余計太ったりするのと一緒です。

つまり、人事が何とかしてあげたいという愛情が強すぎることで、人事の愛が不時着してしまうのです。

人事制度も断捨離が必要

該当者がいない職群や本来の意味合いと運用が異なっている職群はすべて廃止します。そして、キャリアを縦と横で整理します。

縦とは職群や等級、組織内の序列を反映したもので、どう職能を積んで成長するか、その道筋を示すものです。序列感は組織の大きさや業種にもよりますが、部長、課長、一般(課長補助・係長、一人前の担当者、新人クラス)の5階層くらいであれば、多くの組織で当てはまると思います。等級は5つの階層別に能力・行動規準(標準的な成果を入れて役割等級でも可)で定義し、この等級内でランキングします。さらに、部長、課長などの正式な職位を担う方だけに「職位給」を払うと、さらにスッキリします。

横のキャリアとは「働き方の選択肢」で、時短、地域限定などの処遇ですが、これは制度として用意し、職群等は設定しないことをお勧めします。「育休で時短になったら○○職群になった」となると、本人は、レッテルを張られたと思いますし、実際周りもそう見るようになるので注意が必要です。あくまでも、働き方としての「横の選択肢」なので、縦のキャリアとは別立てで整理しておくことをお勧めします。

現場に寄り添うのではなく、人としても「本音」を突き刺す

キャリア・職群・等級制度は、社員の処遇を決める大黒柱です。人事制度の本質は何かを考え、極力シンプルに「ダイエット」させることが必要で、その視点は「社員がイキイキ働き、会社が儲かる」ことです。人事制度は、会社が儲からないとどんなに精巧に作っても機能しません。賞与原資が上がらないところで評価制度を変えても、お互い足の引っ張り合いになるだけです。「高齢者の処遇を下げる言い訳だな」「工員の給料は上げたくないのだな」と、現場はすべて見透かします。

キーは、「人としてその立場になって、本音で考えること」です。

役職定年になって給料が下がったら、「下がった分は働かないよ」と考えるほうが普通です。人事制度はローパフォーマーにとっては居心地が悪く、ハイパフォーマーにとっては成果が報われるのが当たり前です。しかし、ローパフォーマーを追いやれば腐ったみかん状態になり、その他の社員の士気にも大きく影響します。ローパフォーマーに突っ込まれることなく、その他社員の士気を上げていくには、処遇として「追いやるキャリアや職群」を廃止し、能力・行動規準と職位基準のハイブリッド型のキャリア・等級制度をベースにすることが一番です。基本は能力・行動規準で処遇し、部長、課長など組織上の正式な職位については職位給をプラスする形が一番シンプルで突っ込みの余地がありません。代理や副などの役職は(対外呼称としては別ですが)、廃止するのが一番です。組織マネジメント上必要なら、代理とか副ではなく正式な部長や課長として任命してしまえばスッキリします。職位給も役職手当より高額に設定すれば、余計な職群を作らなくともメリハリがつきます。職位給が高ければ、「課長は大変だけどその分報われる」と、部下の見る目も変わってくるでしょう。

2 : 6 : 2 の法則をマネジメントに応用する

複線型・職群にレッテルを貼る等級を廃止し、能力・行動規準に絞ると、 1つの階層にハイパフォーマー、アベレージャー、ローパフォーマーが混在します。年次も混在します。運用上のコツは、3タイプ別にマネジメントを変えることです。ハイパフォーマーには目指す方向を握り、要所だけ確認すれば大丈夫です。チャレンジングな目標も思い切ってやらせてもいいでしょう。あまりマネジメントの負荷はかかりません。アベレージャーは教育が必要です。個別の強みや弱みを確認し、どう鍛えていくか。どこまで任せ、上司はどう支援するかについて確認して指導します。個別に啓発ポイントも性格も違うので、「個別オリジナルな育成」が必要となり、負荷がかかります。部下をひとまとめに見ず、「あなただけ」とちゃんと見てあげることがポイントです。ローパフォーマーに対しては、説教やダメ出しは逆効果です。自分でも出来ていないことは認識しているか、思考停止して気づかないようにしています。防衛機制が働き、周りの責任にするなど、思考が言い訳に偏ることも少なくありません。この層は、「部署に存在してくれてありがとう。こういうことをやってくれてありがとう」と存在感を認めて、職場に居場所を作ってあげることが要諦です。ローパフォーマーは周りから認められない不安を常に持っています。認められ、居場所があると思えると心を開いてくれます。居場所ができ、安心感ができると、相手は聞く耳を持ってくれるようになります。居場所を守るため貢献したい、という意識が出てくれば、今のレベルよりちょっとだけ高い目標や仕事を与え、個別に育成すれば、アベレージャーに近づいていくこともあります。

「心のドアをノックすること」「居場所と安心感を与えること」が、ローパフォーマーから脱出させるマネジメント上のコツです。アベレージャーとローパフォーマーに少し頑張れば出来そうな目標や仕事を提示する際、上司は大丈夫と思っても、本人たちは高い壁だと感じることが大半なので、注意が必要です。チャレンジングな目標設定をして大丈夫なのは、ハイパフォーマーだけです。それ以外は、本人が「やれそう」と感じるまで、とことん付き合う姿勢が必要です。

未来につなぐ視点を持つ

制度を絞るときに忘れてはいけないのは、今を良くすることだけでなく、未来へつなぐ視点を持つことです。過去からの積み上げではなく、未来からの逆算で人事制度を作るのです。キャリア・等級制度は、未来の会社を支える人材を逆算して今から鍛え、間に合わせる視点が必要です。現場は今の仕事をうまく回すことに意識が働いています。従って、人事は先々の中計等の事業計画からどんな人材(質)がどの程度の人数(量)必要になるかを想定し、人材の供給を間に合わせるよう、採用・育成制度と合わせて、キャリア・等級制度も調整してください。

新規事業を成功させる人材が必要だとすれば、通常の採用と配置では現場と合わなくて辞めてしまうリスクが高くなります。あるいは、朱に交わって赤くなり、極めて普通の人材になってしまいます。この場合、職群や等級制度で担保するのではなく、別枠で採用し、配置育成も通常以外で、その人を守り鍛えてくれる“出島”を用意する等、別管理をするといいでしょう。

併せて、「将来の我社を支える人材」は、別枠で鍛える必要があります。これは会社の規模に関係なく、経営者と人事で人選し、目をかけ、様々な経験をさせながら鍛えていく必要があるので忘れずに準備してください。キャリア・等級制度は、「社員の成長を止めない」ようにすることが目的です。現場に任せておくと、優秀な人ほど、上司に囲い込まれるのが実際です。会社としては幹部候補にしたくても、ずっと同じ現場経験で成長が遅くなるので注意が必要です。

関連キーワード

[レガシーの壁を超える人事の取り組み]のバックナンバー

関連する記事一覧

メディア掲載実績

共同調査 受付中。お気軽にご相談ください。

共同調査の詳細はこちら 共同調査のお問合わせ その他のお問合わせ