第33回:「評価運用」の壁をぶっ壊す⑥ -リアルワークとテレワークが混在する状態でプロセス評価が難しい-

人事のレガシー33「評価項目を具体化して結果を評価し、1on1でプロセスの評価をする」
レガシーを破る視点 「成果につながるコツを確認し、優先度を突き合わせながら確認することでプロセスのズレをなくす」

松本 利明
HRストラテジー 代表
外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパル(部長級)を経て現職。国内外の大企業から中堅企業まで600社以上の働き方と人事の改革に従事。5万人以上のリストラと6500人を超える次世代リーダーの選抜や育成を行った「人の目利き」。人の持ち味に沿った採用・配置を行うことで人材の育成のスピードと確度を2倍以上にするタレント・マネジメントのノウハウが定評。最近は企業向けのコンサルティングに加え、「誰もが、自分らしく、活躍できる世の中」に近づけるため、自分の持ち味を活かしたキャリアの組み立て方を学生、ワーママ、若手からベテランのビジネスパーソンに教え、個別のアドバイスを5000名以上、ライフワークとして提供し、好評を得ている。HR総研 客員研究員。
コロナ禍が過ぎても元のワークスタイルに100%は戻れない
コロナ禍に伴いテレワークを導入後してから2年が経過し、日常が戻りつつあります、この間で、何が起こったのかというと、一人前の社員は「自律的に仕事ができるのでこのままがいい」と言う。一方、若手社員は「誰もちゃんと仕事を教えてくれないので、全然成長できない」と悲鳴を挙げる。さらに経営や管理職は「現場がみえないので元に戻したい」と要望してきて、結果的に今はリアルとテレワークが混在する形となった。「成果評価」は結果を具体的にみることで何とかなるが、「プロセス評価」となると1人ひとりの働きぶりがブラックボックス化しているため、きちんとできずに悩ましい。自宅での仕事ぶりをWebカメラで監視するなどという手段はばかげているし、 1on1を導入して、そこで話し合ってもらっているが、実態は進捗確認になってしまう。プロセスの評価や指導がちゃんとできないため、人も育たず、評価の納得感も低い。この問題を解決するために、プロセス評価の項目を今まで以上に細かく具体化し、1on1でコミュニケーション面をフォローする施策を導入しようと考えるのはセオリーでしょう。ここに罠があります。
リモートは「信頼関係の強さ」を可視化することになった
急増しているこの手の課題は、実はリアルできちんとコミュニケーションやマネジメントができていなかったことが、リモートワークで強く顕在化しただけ、ともいえます。1on1で細かく確認していくのがセオリーですが、日々のコミュニケーションやマネジメントが必ずしも良好ではない状況で細かく確認すると、悪影響が大きくなります。上司は、指示や報告の負荷が大きくなり生産性が落ちます。部下の側も細かくプロセスや指示を確認されるため「自分は信頼されていないのだな」と思い込んで人間関係にヒビが入ります。プロセスの評価となると、部下の自己申告が中心になり、上司は確信が持てなくなるのです。逆に、信頼しているからとコミュニケーションの頻度が低くなると、部下はポツンと放置された気になり、会社への帰属意識が低下していきます。テレワークはお互い見えない分、コミュニケーションが大事になりますが、多くても少なくてもいけないのです。
評価項目の納得性より、心理面の納得感と信頼感をあげる施策にフォーカスする
プロセスの評価は勘所を押さえれば難しくありません。業績面は目標の期日と達成レベルだけでなく、達成するためのコツ、取り組む理由を指示に入れることで、どこまでできて、何につまずいているかが分かります。従って、乗り越えるコツを指導すれば業績結果とプロセス評価に関する情報をお互い正しく認識できます。やっかいなのは、コミュニケーション、モチベーション、達成志向といったソフト面のプロセス管理です。こちらもいくつかのコツをつかむと向上します。具体的に、ステップを踏んで解説します。
【ステップ1】信頼関係の残高を知る
リモート環境になると、信頼関係も日々目減りしていきます。限られたコンタクト機会に信頼関係を深めるには、まず、お互い、どれほどのことを知っているか、その情報を書き出してみましょう。フォーマットを用いて、部下1人ひとりの名前を書き、「知っていること」「感情を共有したこと」をポジティブ・ネガティブの両面で書き出していきます(図表1)。信頼関係が深い相手の場合はたくさんのことを知っているし、感情を共有した機会も多く出てきますが、信頼関係が弱い(苦手な)相手に対しては、ネガティブな情報を少しだけ。ほとんど知らない相手に対しては、ポジティブもネガティブも情報を持ち合わせていないことが一目瞭然となります。
評価や処遇の納得性を高める一番の薬は、お互いの信頼関係です。この表を埋めるべく、上司には部下1人ひとりの情報をきちんと取ってもらいましょう。情報を沢山取れば「釣り人に悪人はいない」等、思わぬ共通点が見つかり、仲が深まることもあります。注目すべきは、「感情を共有したこと」がこの半年・3ヵ月・1ヵ月以内にどれだけあるかです。感情の共有こそ、お互いの信頼関係のバロメーターで、感情の共有がない期間が長くなるほど、信頼関係の残高は目減りします。よく知っている人でも、よく知っているがゆえに感情を共有する機会が減り、気がつくと、相手は信頼感を消失させてしまっていることが、特にリモート環境では起こりがちです。そうかといって、1on1等で、一方的に聞きまくると、相手は尋問されているような嫌な気分になるリスクがあります。まずは評価者からしゃべりすぎない程度に自己開示し、相手に情報を渡すことで信頼感を得るところからスタートするのが安全です。
【ステップ2】仕事の優先度はお互い書いて突き合わせる
リモートで仕事の指示を伝えたり、相談を受けたりしたとき、「分かりました」の一言で終わってしまう場合も要注意です。伝えた指示の優先度や理解が正しくできているか、リモートのモニター画面越しではよく分からないのが実際です。だからといって、一から十まですべて文章にするのは手間ですし、相手は信頼されていない気がします。確認し合う手間もかかります。指示通りにすべてをやらせようとすると、相手は考えなくなり、成長も止まります。そこで、仕事の優先度や指示のコツを確認するときは、お互い、ざっくりでいいので箇条書きに書いて横に並べてみて口頭で補足し合いながら確認するといいでしょう。意味違いや粗い内容は口頭による補足で十分確認が取れます。認識が違うところだけ再確認すればいいので手間もかからず、相手も気楽に確認できるので安心できます。
【ステップ3】ネガティブなフィードバックはポジティブに置き換える
ネガティブなフィードバックは「Yes But方式」で行うといわれますが、リモートではもう一工夫必要です。特にメールやチャットによる指導では重要です。通常通りの「Yes But方式」だと、「結局、頭にYesをつけただけだな」と必要以上にネガティブに受け取られるリスクが高いからです。実際、SNS等の投稿をみても、他意なく「了解」とだけ返信したのに、相手を怒らせてしまった、「冷たい距離感」と受け取られてしまったというケースが多々あります。特に相手のことをよく知らない関係でこの現象は現れます。かといって、マネジメントの現場ではネガティブな要素を含むフィードバックが欠かせない場合もあります。では、どうすればいいかというと、ネガティブな指摘事項は、ポジティブに変換して「Yes But→Yes」で伝えればいいのです。例を出しましょう。
「その考えいいですね。でもここがダメだね。だから○○しよう」(Yes But)
「その考えいいですね、でも、○○したらもっといいよね」(Yes But→Yes)
いかがでしょうか。同じフィードバック内容なのに一工夫で伝わる印象は異なるでしょう。伝える目的は、こちらが“言いたいように”ではなく、意図通りに動いてもらうことです。相手が受け取りやすい一工夫が信頼関係をより強くします。
【ステップ4】人に対するフィードバックは期待に置き換える
同様に、「課題」と「期待」は分けて使いましょう。課題は仕事面で使う言葉です。「この売上を達成するための課題はこれです」と物理的に客観的に取り出せるものです。しかし、対面で「Aさん、あなたの課題はこれです」と言ってしまうと冷たくダメ出しされた印象になり、(人によって温度差はありますが)責められた気になります。愛のあるダメ出しでも今はパワハラ認定されかねません。とりわけ、メールやチャットのテキストは記録に残るのでリスクも高まります。従って、人に対してフィードバックするときは「課題」を「期待」に置き換えて伝えるといいでしょう。期待は、「やってほしいこと」であり「こうなってほしい」という成長テーマです。ただし、やってほしいことだけを伝えるとただの「依頼」になってしまい相手の心に響きません。期待を伝える際には「やってほしいこと+メリット」をセットにするのがコツです。「遅刻すると周りに迷惑をかけるぞ!」ではただのダメ出しですが、「いつも時間を守っていると信用されるので、あなたの意見も聞いてもらえるようになるよ」と相手のメリットと一緒にやってほしいことを伝えたほうが相手の心に染み入り、納得しやすくなるのでお勧めです(図表2 )。
このようにお互いの情報を取り、感情を共有する場面をリモート環境のときこそ意識して作ることで、お互いの心の距離を近づけ、信頼関係を強くするのです。テキストで受け取ることも考慮し、ネガティブに受け取られそうな言葉はポジティブに変換し、伝えたいことははっきり伝え、正しく動いてもらうようにします。以前の連載で解説した「目標マトリクス」でお互いの役割分担や進捗確認を進めれば、リモートでもお互いの状況が分かり合えるようになり、チームの結束が強くなります。このアプローチは組織開発の技法に加え、1ヵ所で集まることが物理的にできない多国籍企業でも用いられています。リモートでも信頼感を高め、コミュニケーションの効率を上げる共通ルールになるので、ぜひ、あなたの会社でも活用してみてください。プロセス評価の納得度が上がる情報収集も高い信頼関係も、一工夫で効果的に実現可能です。
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