第4回:価値観浸透のレガシーの壁をぶっ壊す!

松本 利明

HRストラテジー 代表

外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパル(部長級)を経て現職。国内外の大企業から中堅企業まで600社以上の働き方と人事の改革に従事。5万人以上のリストラと6500人を超える次世代リーダーの選抜や育成を行った「人の目利き」。人の持ち味に沿った採用・配置を行うことで人材の育成のスピードと確度を2倍以上にするタレント・マネジメントのノウハウが定評。最近は企業向けのコンサルティングに加え、「誰もが、自分らしく、活躍できる世の中」に近づけるため、自分の持ち味を活かしたキャリアの組み立て方を学生、ワーママ、若手からベテランのビジネスパーソンに教え、個別のアドバイスを5000名以上、ライフワークとして提供し、好評を得ている。HR総研 客員研究員。

人事制度のレガシーの壁を壊す

こんにちは、人事と戦略のコンサルタントをしている松本利明です。PwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパルを経て独立して9年になります。担当したコンサルティングはピュアな人事制度の取り組みもありましたが、9割以上が経営やビジネスの文脈に沿ったものです。300社以上の現場で一緒に汗を書きながら改革を進めてきましたが、令和になった今でも人事のレガシーという亡霊に取りつかれたまま、思考停止している日本企業の人事によくお会いします。例を出すと、『人材の「材」は「財」。社員は財産なので大事にしている』と言うのですが、実態は、財産運用ができておらず、その運用は普通預金程度。下手すると目減りしているという組織は結構あるものです。「財」という字を用いることで安心して思考停止。この壁を破りましょう。「財」と言うなら普通預金という放置プレーではなく、アセットマネジメントのように人財を考えることで、人材育成の確度とスピードが上がるタレントマネジメントの視点が見つかる。そんなヒントを300社以上の取り組みの中からご紹介していきます。

4回目は「価値観浸透」に焦点を当てます。

人事のレガシー4: 「会社の価値観を文章化し、見えるところに貼り、暗唱できるまで覚えさせる」

レガシーを破る視点:「価値観を「Yes/Noの判断基準」になるように明文化し、その基準で物事を判断できるようにさせる」

価値観は暗記しても浸透しない

日本企業は会社の価値観を明文化して社員に暗記させますが、ここに罠があります。

暗記しただけでは価値観に沿った判断や行動はできません。会社の価値観が「物事の判断基準」として浸透する必要があります。社員が各自の価値観や経験からくる判断基準で物事を判断してしまうと、組織の意思決定がバラバラになります。意思疎が断裂、ズレが生じたりするようになります。

会社の価値観が社員ひとりひとりの「判断基準」になるようにする

ほとんどの場合、会社の価値観を定義した文章はただ解説しているだけで、物事の判断基準になるレベルまで具体化されていません。

①社員がブレずに安心して正しく判断できるように、価値観の定義を確認・修正する

②修正した価値観の定義をもとに、判断に困るよくある場面をピックアップし、価値観を判断軸にしてどう意思決定するか、目線合わせのワークショップを行う。

上記のようなことを行うことで、この問題は解消されます。

Yes/Noの判断ができるように修正する

価値観を定義、説明している文章を以下の2点よりチェックしてみてください。

①会社名を変えても通用しそうな価値観の説明になっていないかをチェック

②現場でよく起きそうなことに対して、わが社らしく判断できるかをチェック

特に②を中心にチェックすると、判断基準となるか否かが明確になります。

サウスウエスト航空を例に取り上げましょう。「格安」が価値観で社員の判断基準です。

「搭乗者の満足度を上げるためには?」という問いに対し、アイディアを出す場面をイメージしてください。

挨拶をきちんとする、高級な社内食に変えるなど、様々なアイディアが浮かぶと思います。どれもこれも顧客満足に繋がることだと思いますが、どれが良いアイディアなのでしょうか。そこで価値観に立ち戻って判断するのです。「格安」という判断基準なのでコストアップに繋がることはできません。どんなに搭乗者の満足向上に繋がっても「無料でのドリンクサービス」はこの基準では「NO」、「パイロットが面白おかしくアナウンスして盛り上げる」は「YES」というように、社員は「格安」という判断基準をもとに、誰もがブレずに判断できます。

以上のように、誰でもブレずに判断できるように価値観が定義されているかを確認してください。複数の要素が盛り込まれた長文だと社員は混乱します。複数の要素が入っているようであれば、1要素、1基準で定義しなおしてください。判断が2つ、3つ出来るものは社員の混乱を招きます。

判断基準の検証は、「判断基準の対義語は何になるか」を具体的にキーワードとして一つ書き出してみるといいでしょう。「格安:コストはかけない」⇔「高級:コストをかけてもいい」というように「OR」で、はっきり判断できる。真逆が定義できるキーワードであれば社員は迷いません。安心して正しく判断できます。

注意するべきは「スピード」と「品質」など、両立すべきこと、いわば価値観が「AND」となる場合です。この場合は、2つの対処法があります。

①2つの価値観を踏まえ、「何を実現したいのか」という根本に戻り、判断の基準そのものを変える

リッツカールトンホテルでは価値観に沿った判断基準を「クレド」としてまとめ、全社員に徹底し、クレドをもとに物事を判断させています。その根本は「お客様が気分よいと感じてもらえること」でそれ以上はないという考えでまとめています。例えば「スピード」と「丁寧さ」どちらが先か、といったことについての規則・ルールではなく、「お客様が気分よいと感じてもらえるにはどうすればいいか」という本質から判断するように訓練しています。一見矛盾しそうな価値判断基準が複数抽出された時は、リッツカールトンホテルのように、そもそもの目的に立ち戻って、誰にどんな価値を提供するかを考えることで複数の価値観を融合した本質的な価値観に基づいた判断基準を導くことが出来ます。

②2つの判断基準の優先度と折り合う基準をつくる

2つの判断基準を融合できなかった場合は、局面に応じ、どう優先順位をつけて判断するかを具体的に示してください。例えば工場であれば、「安全」」「納期厳守」等の価値判断基準を設けるでしょう。この時、ラインにエラーが出たら日本では熟練工がいて長年の知見からラインを止めずに何とかすることができるかもしれませんが、海外では「○○になったらラインを止める」など具体的なガイドラインを設定しています。このように判断に迷う時こそ具体的にどうするかを行動レベルまで基準設定することが求められます。

判断の基軸となる価値観は、あまり数が多いと覚えきれません。いざという時に頭に浮かぶ判断基準は1つ、多くても数個です。そのため、判断の基軸となる価値観は数個から多くても7までで作成してください。

より詳細に現場での判断基準やガイドラインをつくり込む必要があるのでしたら、現場でキーとなる方を巻き込んで、基本となる価値観の定義と価値判断基準の目線合わせをした上で、一緒につくっていただくといいでしょう。

 

研修でよくあるケースのYes/Noの判断をさせてみる

価値観の定義が出来上がり、判断基準として使えるものになったら、現場で研修を実施します。研修の目的は価値観を理解することと、実際に現場で誰でもブレずに判断できるようにするための目線合わせをすることです。現場での判断の目線合わせでは、誰もが判断に迷いそうなケースを複数作成し、各自が何を基準にどう判断するかを討議させた上で、会社としては、この価値観に沿った判断基準をもとに、こう判断して欲しいという考え方や見方を教えていきます。

ここでのポイントは、個々人が大事に思っている個人の価値観を否定するのではなく、あくまでも「会社人としてこう判断して欲しい」と納得させることです。言わば個人それぞれ価値観があるように、会社にも価値観があるので、個人ではなく会社の価値観で物事を判断する意味をしっかり伝えることです。

そのためにはまず、価値観がはっきりしている企業(サウスウエスト航空、アップル、リッツカールトン、ディズニーランドなど)をいくつか示して「会社の価値観で判断しているから、あの会社はあんなに凄いサービスや商品が開発できるのだ!」と腹落ちさせるのが良いでしょう。そのあと、自社の価値観とケースワークを実施すると、スムーズに理解させることが出来るのでお勧めします。ケースワークは現場でよく判断で困る事象を1~3行程度の文章で示せばいいでしょう。イメージしやすい絵や写真があればなおいいです。1ケース1基準で判断できるものにします。ケースの個数は価値観の判断基準全てを一通り体感できる数だけ用意してください。1基準1ケースとしても、研修は1時間~90分程度で終わると思います。研修は役員・管理職など、影響力がある人から実施し、研修を受けた方が研修で実施した価値観説明の資料やケースを使って自分の部下である一般職に実施するといいでしょう。役員・管理職は自分が講師として部下に同じ内容で研修しなくてはならないので必死になりますし、教えることでより理解が深まります。価値観浸透の研修キットをつくり、受講者が新しい社員に教えるようにするといいでしょう。価値観自体の説明は社長が直接話をしてもらうのが一番望ましいですが、動画を活用することも一考です。

この価値観研修を全社員に実施した上で、価値観を示すポスターを目に着くところに貼り、社員にマニュアルかカードとして配るなどの施策を実施すると、定着が早まります。

海外やリモートワークでも価値観の浸透ができる

上記の方法は海外の社員や海外からの留学生に会社の価値観を指導する時にも有効です。逆に彼・彼女達は異文化に接していることもあり、個々人の個性や価値観は尊重する代わりに、会社として物事の判断基準を教えて欲しいと思っているので、実際にやってみると喜ばれます。また、判断のズレが減り、意思決定やコミュニケーションの生産性もあがります。

当然、リモートワークでも有効です。価値観を説明する社長の動画を観ても、価値観を解説した資料を読んでも、「ふ~ん」程度で腹落ちしないのが実際です。在宅勤務ではリアルで価値観を体現した人の判断や行動に触れる機会が激減します。長時間接する中で感覚知としてつかむことができないのであれば、判断の場を研修で作り、判断基準を頭で理解させるといいでしょう。リアルケースで価値観をもとに判断する討議と、それを通じた目線合わせは、インターネット会議の仕組みを使えば簡単に実現できます。

価値観浸透のこれらの施策を行い、効果を肌感覚で掴めたら、パワハラ、セクハラなどの行動ガイドラインを浸透させる必要があるテーマも同様に取り組むといいでしょう。一度社内で勘所を掴めれば、落とし込みの研修も講師も全て内製化できるので、お勧めします。

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