第1回:人事制度のレガシーの壁をぶっ壊す!


松本 利明
HRストラテジー 代表
外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパル(部長級)を経て現職。国内外の大企業から中堅企業まで600社以上の働き方と人事の改革に従事。5万人以上のリストラと6500人を超える次世代リーダーの選抜や育成を行った「人の目利き」。人の持ち味に沿った採用・配置を行うことで人材の育成のスピードと確度を2倍以上にするタレント・マネジメントのノウハウが定評。最近は企業向けのコンサルティングに加え、「誰もが、自分らしく、活躍できる世の中」に近づけるため、自分の持ち味を活かしたキャリアの組み立て方を学生、ワーママ、若手からベテランのビジネスパーソンに教え、個別のアドバイスを5000名以上、ライフワークとして提供し、好評を得ている。HR総研 客員研究員。
人事制度のレガシーの壁を壊す
こんにちは、人事と戦略のコンサルタントをしている松本利明です。PwC、マーサー、アクセンチュアなどのプリンシパルを経て独立して9年になります。担当したコンサルティングはピュアな人事制度の取り組みもありましたが、9割以上が経営やビジネスの文脈に沿ったものです。300社以上の現場で一緒に汗を書きながら改革を進めてきましたが、令和になった今でも人事のレガシーという亡霊に取りつかれたまま、思考停止している日本企業の人事によくお会いします。例を出すと、『人材の「材」は「財」。社員は財産なので大事にしている』と言うのですが、実態は、財産運用ができておらず、その運用は普通預金程度。下手すると目減りしているという組織は結構あるものです。「財」という字を用いることで安心して思考停止。この壁を破りましょう。「財」と言うなら普通預金という放置プレーではなく、アセットマネジメントのように人財を考えることで、人材育成の確度とスピードが上がるタレントマネジメントの視点が見つかる。そんなヒントを300社以上の取り組みの中からご紹介していきます。
1回目は「人事制度」に焦点を当てます。
人事のレガシー1: 「社員の要望や時流を取り入れ人事制度を具体的に作り込み、活用することで人材が育つ」
レガシーを破る視点:「社員を管理する」のではなく、「社員の成長を邪魔しない」視点から人事制度をダイエットする
真面目に勉強した取り組みから人事制度が太り出す
日本企業は海外や国内の人事制度、ダイバーシティ、働き方改革といった世の中の変化を謙虚に学び、人事制度を作り込んできました。人事は以前にもまして経営者と社員の意見と取り込もうと愚直にまじめに取り組んできた歴史があります。
しかし、ここに罠があります。人事制度の仕組みと運用の実態を見ると、
- 人材要件、行動評価、昇進昇格基準などが、それぞれ単体で作り練り込まれてきたため整合性が取れていない。
- 評価項目が複雑で多数。行動評価も含め業績評価も中長期、単年度(結果とプロセス)をこと細く網羅的に揃えた結果、複雑な評価シートになってしまった。
- 管理職層がスペシャリスト職、エキスパート職、マネジメント職など、複数の区分になっているが、現在部下がいないのに、マネジメント職に在籍している人が多数いる。エキスパート職とスペシャリスト職の違いが形容詞だけの違いにしか見えない。
- そもそもそこまで専門性が高い人は社内に数名しかいないのに、多数の職群や等級、職種が存在する複雑怪奇なキャリアパスになっている(営業のスペシャリストと言ってもただの担当者など
人事の仕組みとして、本来整合性が取れているはずのものが、微妙に定義が異なり、その上、多数存在していると現場は混乱します。
人事に悪気はありません。経営からの「人件費を最適化したい」といった要請や社員の声から生じる課題に対し、人事が打ち手を細分化し、制度化してきた歴史の積み重ねが背景にありあます。「課題一つひとつに応えたい」という、ある意味では人事の愛情ともいえるものが人事制度を太らせたのです。また、過去設計した制度は「廃止する」基準を設けていないため、廃止できないことも制度の数が増えていく原因です。
自社の組織運営の実態とは異なる複雑な仕組みは、人事の想いとはうらはらに、経営者への「人事は頑張っている」というアピールや、社員に対するアリバイづくりだと見られてしまいます。
人事制度はシンプルにダイエットさせる
一つひとつの課題に人事制度の運用や仕組みを対応させるのではなく、人事制度の本質は何かを考え、極力シンプルにダイエットさせることで納得感が出てきます。
- 制度上の項目や基準は全部横に並べて整合性を取る
- 人が一度に記憶できる範囲まで基準の数を絞り込む。(大項目として9)
以上のことを踏まえて上で、
- 会社が儲かるためにすること
- 社員がイキイキ働くためにすること
に絞って、制度は削ることです。
序列という檻にいれず、人の成長を邪魔しないようにする
特に忘れがちな目線は、「人が成長することを邪魔しないように」することです。
現在の人事制度を社内の序列を示すだけのものにしてはいけません。上層部の序列が固定化し、組織が大きくならなければ、その序列という檻に社員を抑え込むことになり、人材を小粒にします。目標管理は次号以降で詳しく触れますが、評価と結びつけることで、目の前の達成できそうな目標しか発想できない人材を増産します。チャレンジ目標を書かせても実際にチャレンジして失敗するより、堅実な達成を狙う人材ばかりになります。世間で言われている目標管理を成功させる方法を真に受けてはいけません。それが本当であれば、日本企業の数も規模も中国や諸外国をリードし、経済の規模も中国などに抜かれることはなかったでしょう。人事の定説は人事にしか通用せず、現場はこれを見透かしているのです。
運用できてない仕組みは止める
機能していない人事制度は廃止することも視野に入れて検討しましょう。制度が目的を果たしたら、廃止して次の制度に移る、というようにすれば、テンコ盛りにならずにすみます。サイバーエージェントは年に1回「捨てる会議」で、組織に合わなくなった制度は廃止しています。
一旦廃止したとして、前述の①会社が儲かるためにすること、②社員がイキイキ働くためにすること、の観点からどんな打ち手がいいかは、今までのやり方とは真逆に考えてみると意外とヒントが見つかります。他社事例を後追いするだけだと、実は同じようなことで悩んだままだったり、合わないものだったりすることが多いからです。
例えば、異動先を自ら立候補できるようにしても、会社の都合でその希望が通らない時、どうすれば昇進や異動をさせてもらえるのか、納得がいく説明ができなければかえって社員のやる気を失うだけです。
これに対して、年1回、ガラガラポンで組織長を選定し、どの部署のどの人の下で働きたいかを毎年決めるやり方をすれば、選ばれなかった人も納得せざるを得ないでしょう。専門性や経験の何が足りないのか、どうすれば次回チャンスがあるのかを明確に話し合わなくてはいけなくなります。これはミスミや、オンデーズという眼鏡チェーン店で採用されている方法です。オンデーズでは、「エリアマネージャー総選挙」という投票で社内のリーダーを決めています。
未来につなぐ視点を持つ
制度を絞る時に一つ忘れていけないのは、今をよくすることだけでなく、今を未来へつなぐことです。
未来の会社を支える人材を逆算して、今から鍛えておく必要があります。
現場は今の仕事をうまく回すことに意識が集中します。そのため、人事は先々の中期計画等の事業計画からどんな人材(質)がどの程度の人数(量)必要になるかを想定し、人材の供給を間に合わせるように採用・育成制度と合わせて人事制度も調整しなければなりません。
新規事業を成功させる人材が必要なら、通常の採用ではなく別枠で採用し、配置育成も通常とは異なる形にして、誰かがその人を守り鍛えてくれる出島を用意する等の独自性が必要です。
併せて、将来の自社を支える人材は別枠で鍛える必要があります。これは会社の規模に関係なく、経営者と人事で人選し、目をかけ、様々な経験をさせながら鍛えていく必要があるので、忘れず準備してください。
特に、採用については既存のコアとなる事業を回すのに必要な人材を採ることに流れがちなので、①国内コア事業徹底、②国内新規事業立ち上げ、③海外展開(営業と製造)など、将来必要な人材タイプを想定し、採用すること。②③の人材の育成については、国内コア事業向けの人材と同じ方法で育成すると、それしかできない人材になるか潰れて辞めてしまうので、つぶさない人の下に就けることを考えてください。これは人事でないとできないことです。
社員を元気にさせ、業績向上につなげる道筋が、人事制度です。人事が人事制度の番人では意味がありません。年功序列、上司が優秀な部下を囲い込んで同じ仕事をさせる、転職を警戒して社内だけでキャリアを考えさせるキャリア研修など、本来の意図からはずれ、社員がイキイキと働き成長することを阻害してしまっている制度は、勇気をもってダイエットしていきましょう。
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