第6回:結果のフィードバック ~分析結果への現場の無関心などを生み出す、さまざまな認知的バイアス~

「人事が社員向け調査を実施する際に知っておくべきこと」「成功のポイント」はどのようなものだろうか。全6回の本連載コラムでは、組織行動論を専門とし、企業との共同調査なども数多く手がける神戸大学大学院 経営学研究科 准教授の服部泰宏氏に、学術的な内容をわかりやすくレクチャーしていただく。第6回のテーマは、調査後の「結果のフィードバック」。数値データの分析結果を現場に示しても、それを素直に受け取ってもらえるとは限らない。深い学びや議論につながるフィードバックのポイントを解説していただいた。

服部 泰宏

神戸大学大学院 経営学研究科 准教授

神奈川県生まれ。国立大学法人滋賀大学専任講師、同准教授、国立大学法人横浜国立大学准教授を経て、2018年4月より現職。日本企業における組織と個人の関わりあいや、ビジネスパーソンの学びと知識の普及に関する研究、人材の採用や評価、育成に関する研究に従事。2010年に第26回組織学会高宮賞、 2014年に人材育成学会論文賞などを受賞。

自分の持論に合わない情報を無視してしまう「確証バイアス」

アンケート調査を行った後、人事の皆さんは分析結果を現場にフィードバックするでしょう。しかし、それに対して現場の人々が無関心だったり、自分たちに都合の悪い結果を無視したりし、分析結果をめぐる深い議論が起こらないことがあります。

これには、意思決定の心理学の中で指摘されている、さまざまな認知的バイアスが関わっています。そのメカニズムを理解し、実りあるフィードバックを行うための方法を知ることが今回のテーマです。

まず、現場の人々が分析結果を受け取る際に発生しやすい認知的バイアスの一つが「確証バイアス」です。人は自分のもともとの持論や思い込みに合致する情報を受け入れやすく、逆に、合致しない情報は無視してしまう傾向があるというものです。例えば、「営業部門は職務満足度が低い」という思い込みを持っている営業部長さんは、営業部門の職務満足度が高いという結果が出たとしても、素直に受け入れず、「これは現実を反映していないな」と流してしまうことがあるわけです。

では、どうすればよいでしょうか。現場にとって好ましくない結果、現場の人々が持っている仮説や思い込みに反するような結果をフィードバックする際は、いきなりそうした結果を伝えるのではなく、まずは現場の人々の感覚になじみ、受け入れられやすい結果から伝えることが一つの対処法です。そうして「なるほど、日頃考えている通りの結果が出ているな」とフィードバックに興味を持ってもらった上で、「でも、実はこういう結果も出ているんです」と、現場の人々にとってネガティブな結果を出していく方が、聞く耳を持ってもらいやすくなります。

「利用可能性ヒューリスティックス」にはどう対処するか

もう一つ、「正常化バイアス」も発生しやすい認知的バイアスです。自分の周辺で起こった異常事態に対して、それを異常なことであると受け取らず、「取るに足らないことだ」と捉えてしまうバイアスです。社内サーベイにおいては、確証バイアスとセットになって、この正常化バイアスが発生する可能性があります。

例えば、「ベテランは会社へのコミットメントが強い」と思い込んでいる人が、「若手とベテランとではコミットメントに違いがない」とか「ベテランの方がコミットメントが若干弱い」という結果が出たとしても、大したことではないと捉えてしまう。「今回の調査協力者がたまたまそうだっただけだ」というように、もともとの仮説や思い込みに沿った理解をしてしまうということが起こるわけです。対処法は、確証バイアスの場合と同じです。現場の人々の直感に合う結果から先に伝えるということです。

また、現場の人々がフィードバックを受ける際に起きやすく、留意する必要があるのが「利用可能性ヒューリスティックス」です。いろいろな結果がフィードバックされると、特に大量にフィードバックされた場合、わかりやすい情報、印象に残りやすい情報、手っ取り早く明日使えそうな情報を見てしまい、それ以外の情報を見ないということです。わかりやすかったり、グラフィカルに表現されていたりして、自分にとってアクセスしやすく、利用しやすい情報をかいつまんで終わってしまうわけです。

では、注目されやすい情報とはどういうものでしょうか。まず、巷で話題になっている問題や、自分にとって関連性の強い問題です。例えば、今ならコロナ状況下のオンラインでの働き方に関連した情報は注目されやすいでしょう。また、理解しやすい結果であることも、注目されやすい情報の条件です。現場の関心度が高い問題であっても、現場の人に理解できない分析手法を使って導き出された結果と、それより関心度が低くても、直感的にわかりやすい形で分析された結果では、後者の方に目が向くのです。

調査結果のフィードバックを行う際は、利用可能性ヒューリスティックスをできるだけ作動させないための工夫が必要です。例えば、重要な問題だけに絞って全体の情報量を減らす、あるいは、情報量が多かったとしても、重要な問題は目立つようにアンダーラインを入れたり、赤字にしたり、また、ポイントが簡単にわかるようにサマリーを付けてもいいでしょう。グラフや表などを使ってわかりやすくすることも大事です。

現場をエナジャイズするフィードバックセッションの条件

最後にお話しするのは、フィードバックセッションの設計の仕方についてです。私たち調査側が実施したいのは、現場の人々をエナジャイズする、すなわち、現場の人々を元気づけたり、この結果に対して真剣に取り組んでみようというようにモチベーションを上げたりするフィードバックセッションです。次に挙げる6つは、そのための条件です。

まず、1つ目はrelevant。現場の人々が困っていて、関心を持っている問題にフォーカスするということです。次に2つ目はcontrollable。現場にとってコントローラブルな問題、現場で対処可能な問題であることです。経営側でないと手に負えないような問題を現場にフィードバックされても、どうしようもありません。続いて3つ目はdescriptive。価値判断ではなく、事実を記述したものであることです。従業員やマネージャーの良し悪しをジャッジすることなく、○○に関してこういう傾向がある、スコアがこうなっているというように、事実に関してのみ語ることが大事です。さらに、4つ目のselectiveは、ポイントが絞り込まれていること。5つ目のsufficientは、そうは言っても、自社の実態を正確に理解できるほどに十分な情報量があること。そして、6つ目はverifiable。正確な分析であり、その分析プロセスがブラックボックス化されておらず、信ずるに値する結果であるということです。

なお、フィードバックセッションの人数として望ましいのは、結果に関してどう思うかといったことの相互インタラクションが可能な人数です。例えば、大きな会場に100人を集めて実施しても、なかなか議論になりません。今はコロナ状況下でオンライン開催でしょうから、100人集まってもいいのですが、Zoomならブレイクアウトルームで少人数のグループに分けて議論してもらったり、そのときに若い人も意見を言えるような雰囲気をつくったりといった工夫が必要になります。ぜひ、分析結果に対して、現場の人々がいろいろな解釈を持って意見交換できる場をつくっていただきたいと思います。

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