第2回:調査をめぐる4つの世界の理解 ~「測定する」とは、4つの世界でプロセスを回していくこと~

「人事が社員向け調査を実施する際に知っておくべきこと」「成功のポイント」はどのようなものだろうか。全6回の本連載コラムでは、組織行動論を専門とし、企業との共同調査なども数多く手がける神戸大学大学院 経営学研究科 准教授の服部泰宏氏に、学術的な内容をわかりやすくレクチャーしていただく。第2回のテーマは「調査をめぐる4つの世界の理解」。現場を理解するために知っておきたい「理論/仮説の世界」「実際の世界」「データの世界」「測定された世界」という4つの世界を紐解いていく。

服部 泰宏

神戸大学大学院 経営学研究科 准教授

神奈川県生まれ。国立大学法人滋賀大学専任講師、同准教授、国立大学法人横浜国立大学准教授を経て、2018年4月より現職。日本企業における組織と個人の関わりあいや、ビジネスパーソンの学びと知識の普及に関する研究、人材の採用や評価、育成に関する研究に従事。2010年に第26回組織学会高宮賞、 2014年に人材育成学会論文賞などを受賞。

私たちは調査する前に理論や仮説を持ってしまっている

前回は、人事の皆さんが「企業の現場で何が起こっているのかを知りたい」という際に、どのような武器があるのか、すなわち、現場を調べるためのさまざまな手法についてお話ししました。この武器を使って現場を調べ、理解していくためには、「理論/仮説の世界」「実際の世界」「データの世界」「測定された世界」という4つの世界があることを認識しておくことが大切です。少し込み入った話かもしれませんが、ぜひ頭に入れておいてください。

図1は、この4つの世界の関係を表したものです。まず左下が、人事の皆さんが知りたい「実際の世界」です。つまり、現場で何が起きているのかの調査対象となる世界です。例えば、「若手社員のモチベーションが下がっている」「離職が増えている」「自社に対する求職者の人気が落ちている」など、何か現場で起こっている問題がある。これを知りたいわけですね。

「測定する」ということ

そのときに、調査を行う側の人たちは、左上の「理論/仮説の世界」を持っているのだと自覚することが大変重要です。今、私たち組織学会の有志とHR総研が共同で行っている「組織調査2020」を例に取ると、調査側は、「イノベーションとは理論的にはこういう組織で起こるものだ」とか、「こういう状態の組織がやはり業績も高いのではないか」というように、調査を行う前に頭の中で理論や仮説を持ってしまっているのです。理論や仮説を持っていること自体が悪いわけではありません。ただ、それを自覚する必要があるということです。

また、自分たちの仮説が調査にきちんと落とし込まれているかを考えることが大事になってきます。「リーダーシップの発揮度が高い会社は業績が高い」という仮説があるならば、「リーダーシップについて、どのようにアンケートで聞いていけば、実際の世界を的確に捉えることができるのか?」を考え、アンケート項目の作り込みに落とし込んでいくということです。

「測定された世界」は「実際の世界」とイコールではない

「リーダーシップの発揮度が高い会社は業績が高い」という仮説をアンケート項目にしっかり落とし込めたとすると、次は、サーベイのシステムなどを使ってデータを取り、ExcelファイルやCSVファイルなどが手に入ります。これが右下の「データの世界」です。このデータ自体は、数字が羅列しているだけで文脈も意味もありません。しかし、実際の世界を写像しているはずです。

写像というのはアカデミックな世界で使われる言葉ですが、「実際の世界をある程度は写し取っている、映し出している」というような意味だと理解してください。そこで、このデータに対して相関を見てみよう、グラフ化してみようなどと分析を行うことで、ようやく「なるほど、現場はこうなっているのか」という結果を手にするわけです。例えば、「社員のコミットメントの平均値が5段階中の4。結構高かったな」とか、「コミットメントが高い人は、会社を辞めたいという気持ちが下がっていき、離職率が下がるんだ」といったことが見えてくるのです。これが右上の「測定された世界」。つまり、データが写し取った未知の世界です。

「測定された世界」は「実際の世界」を反映していますが、イコールではありません。大事なことは、「測定された世界」について、実際の世界にいる現場の皆さんに向けてフィードバックと対話を行うことです。もちろん、「悪い数値が出ていますよ」と一方的な指摘を行えば、反発を受けるだけで終わってしまいます。フィードバックと対話を上手に行うことで、現場の何かを写し取っているはずの「測定された世界」を現場の文脈の中で解釈し、よりていねいに現場理解を出来るようになります。

また、「測定された世界」を手に入れることは、新たな気付きを得て、人事など調査側の人々が持っていた仮説や理論がアップデートされることにもつながります。現場に対して思い込みを持つのではなく、「データから見るとこうなっているんだな」と、現場への理解を更新するということです。「測定する」とは、このようなプロセスを4つの世界でPDCAのように回していくことだと言えます。

私たちは、ありのままの世界を直接観察することができません。仮にできるとしても、直接的な観察では世界への正しい理解にたどり着けないとき調査を行います。この調査の中でも、数値によって世界を映し出し、その世界を理解しようとするのが定量的調査です。理論や仮説に基づき、世界を数値によって写し取り、データを取得し、分析することでデータから意味のある結果を手にする。その結果から世界への理解を深めるとともに、自分の持つ理論を更新していくということです。人事の皆さんが行う社員調査であれ、消費者を対象としたマーケティング調査であれ、調査を行う方々はこうしたことを意識していただきたいと思っています。

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