『組織論と行動科学から見た人と組織のマネジメントバイアス』出版記念 著者対談

【テーマ】人の採用・育成・評価、組織の成長・文化の課題に関する実務の常識と学術の常識のギャップ、ギャップから見えるマネジメントバイアス=誤った思い込み

コロナ禍が深刻な影響をもたらしていた本年3月に、『組織論と行動科学から見た人と組織のマネジメントバイアス』が刊行された。書名の「バイアス」は「勘違い」「偏見」「間違い」を意味している。大胆なネーミングだ。そして、賛否両論の議論を呼び起こした。そこでHR総研では、9月18日(金)に共著者である曽和利光氏と伊達洋駆氏の対談をライブ配信した。

世の中には「人と組織のマネジメント」をテーマにした書籍はたくさんあるが、どの本を読んでも「なるほど」「あるよね」という軽い同意で終わることが多い。ところが、本書への反応をAmazonレビューで読むと、同感・賛意にせよ、反発・抗議にせよ激しい。こういう両論を惹起する本は一読の価値がある。

そこで、今回の著者対談では、この本の成り立ちをお二人に話しあってもらった。本書のために行ったディスカッションは延べ100時間に及んだそうだが、1時間ほどの対談でご紹介できるのはごくわずか。議論の成果を知りたければ、実物を手にしてぜひ読んでもらいたい。

曽和 利光

株式会社人材研究所 代表取締役社長

京都大学教育学部教育心理学科卒業。リクルート、ライフネット生命、オープンハウスの人事採用責任者を経て現在、企業の採用や人事に関するコンサルティングに従事。主に自社の採用ブランドに頼らない採用を行うためのサポートを行っている。 著書に「人事と採用のセオリー 成長企業に共通する理と原則ネットワーク採用とは何か」(ソシム)等

伊達 洋駆

株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役

神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。同研究科在籍中、2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、人事領域を中心に、組織の現状を可視化する組織診断を始めとした調査・コンサルティング業務を提供している。学術知と実践知の両方を活用したサービスが特徴。

「アカデミックな研究知見」VS「学者に憧れている実務家」

曽和 本日の進行役を務める曽和です。これから『組織論と行動科学から見た人と組織のマネジメントバイアス』著者対談を始めます。本の内容をお知りたければ、本を読んでいただくのがもっとも良いので、本日の対談では本からはみ出すことを話したいと思います。

このライブを視聴されている人の中には、本を読んだ人も読んでいない人もいらっしゃるでしょう。そこで自己紹介から始めたいと思います。まず伊達さんからお願いします。

 

伊達 ビジネスリサーチラボという会社を経営している伊達と申します。2009年に現在の会社の前身にあたり法人をスタートし、人や組織を対象とするデータ分析、組織サーベイ・組織診断を行ってきました。ビジネスリサーチラボの他にはない特徴はアカデミックな研究知見をベースにしていることです。わかりやすく言えば、アカデミック領域とビジネス領域の間で活動してきました。

 

曽和 わたしはもともと心理学者になりたかったのですが挫折し、以来人事の実務領域でキャリアを積んできました。

わたしの方法は伊達さんと異なり、原理・原則を発見するだけではなく、会社ごとの状況も重視しながら、個々の解決策を考える仕事をしています。血を流している箇所を診断し、効果のあるコンサルを行うのです。これはお客様の組織をいじって影響を与える重い作業です。人事や経営者に納得してもらうために、ちゃんとしたことを言わなければなりません。だから勉強を積み重ねてきました。つまりわたしは「学者に憧れている実務家」です。

執筆の動機は「持論と理論」のギャップ

曽和 『組織論と行動科学から見た人と組織のマネジメントバイアス』を書こうと思った動機もそこにあります。アカデミックな研究によってとうの昔に明らかになっていることが、現場では活かされていないのです。

神戸大学を退官され、現在は立命館大学に移られた金井壽宏教授は日本のキャリア研究の第一人者です。伊達さんの師匠であり、わたしの高校・大学の先輩に当たります。

金井先生は「持論と理論のキャップ」について話されることがあります。現場の経験によって練り上げられた思考・方法が「持論」、アカデミック領域で学者が研究した原理・原則が「理論」です。金井先生によれば「わかっていること(理論)が浸透していない(人事に活かされていない)」とおっしゃるのです。

この言葉をわたし流に言い換えれば、人事の現場にウソや間違っていることがまかり通り、思い込みや勘に頼る施策が横行していると思うのです。そういう壁を人事コンサル、組織コンサルを行うなかで実感してきました。

この「持論と理論のキャップ」について、本にまとめてみたいと思ったのです。しかし、わたしは心理学や行動科学を勉強していますが、研究者ではありません。普遍的に語るには力不足です。そんなときに伊達さんと出会ったのです。最初の出会いは2015年か2016年だったと思いますが、そのときに「わたしにはないものをバックボーンに持っている人」という強い印象を得ました。

そして、2018年にわたしが『人事と採用のセオリー』を上梓した際に出版記念トークイベントがあり、伊達さんと話し込みました。

さて、わたしの伊達さんの印象を話しましたが、伊達さんの目にわたしはどのように映っていたのでしょうか。

 

伊達 いま曽和さんが触れた出版記念トークイベントのことはよく覚えています。本書の実質的なスタートはそこだったと思います。イベントでも二人の役割は分担されており、わたしが研究知見を話し、曽和さんは実務的な事例を具体的に挙げて議論を深めました。

例えば、「職務満足」というテーマがありました。「高い職務満足=高いパフォーマンス」と考えられることがありますが、研究知見では「必ずしもパフォーマンスが高いわけではない」ことがわかっています。

このトークイベントで1時間半くらい話しましたが、対話にグルーブ感がありました。ここに今回の本の編集者も参加しており、「研究知見と実務をぶつける、こういう内容を本にまとめられるといいよね」という話になったのです。

曽和さんとならそういう本が書けると思った理由は、曽和さんの豊富な経験です。目撃・支援してきた事例が多く、どんな話題を振っても膨大の引き出しの中から「こういう話がありました」と事例を教えてくれるのです。

このような経緯で、私としては曽和さんと一緒に本を書いてみたいと考えました。ただし、その後に大変な時間が待っているとは予見していなかったですね。

 

曽和 そうですね。大変に密度の濃い時間を過ごしました。合宿は20~30回、ブレストを延べ100時間はやりましたね。そして、モチベーション、リーダーシップ、ダイバーシティなどのテーマについて議論しました。これらの概念には強い「持論」が張り付いています。

例えば、ダイバーシティですが、何年も前から「多様性がある方がいいね」とふつうに考えられています。差別がよくないという倫理的な理由もあるのでしょうが、「ダイバーシティがあると生産性や創造性が生まれやすいよね」「意外なものが出てくる」という期待はよく語られます。これをわたしは「人事の持論」だと考えます。

こういう持論を伊達さんにぶつけて、議論するというプロセスの繰り返しから生まれたのが本書です。実際、上述のダイバーシティなどは、そんな単純にプラスの効果だけがあるものではない、そういう研究が多々あることを、伊達さんから教わりました。

 

伊達 すべての学術研究が、実務を踏まえて研究されているわけではありません。それがアカデミズムの良さであり、限界でもあります。いうならば、わたしは今回の書籍作成というプロジェクトにおいて砂山にトンネルを掘っている気分でした。理論と実践を左右に分けてトンネルを掘り、砂山の中で出会わせるイメージです。

これは普通のビジネス書の執筆とはまったく違うスタイルです。ビジネス書は結論があり、その結論を支持するエビデンスを出し、ロジックを構成していきます。しかし、本書にはテーマはあるが結論が存在せず、落としどころもありません。

万能、最強の自己効力感

曽和 本書はアカデミック側を伊達さん、人事の実務側をわたしが代表して議論を進めました。その双方に驚きがありました。正直に言うと、わたしはアカデミックの知見にはすべて驚き、「目から鱗」の思いでした。

伊達さんはわたしとの議論で何を感じられましたか。思い入れの深い議論はありましたか。

 

伊達 曽和さんと議論していたときの光景が思い浮かぶのは、「自己効力感」です。本書では「1章採用に関するバイアス【バイアス7】」で取り上げています。

この本には学術用語がたくさん出てくるので、読んだ人でも覚えきれないと思うので説明すると、「自己効力感」とは「特定の行動を取る自信があること」です。

本の中では、「キャリア選択自己効力感」を取り上げました。就職活動する学生の中で、キャリア選択自己効力感が高い学生は内定取得率が高いことが知られています。自信を持っているとパフォーマンスが高まり、良い結果に繋がるわけです。自己効力感はキャリア選択のみならず、仕事、ダイエット、クリエティビティの領域でも良い結果を生み出すことが分かっています。

自己効力感を巡る議論については、そのシーンまで覚えています。熱海で書籍作成のために合宿していたときに最初は会議室にメンバーが集まってやっていたのですが、時間が足りず、個室に移って深夜まで議論は続きました。体は疲労困憊しているのに、意気軒昂とした気分になったのを覚えています。

 

曽和 そうでしたね。「自己効力感って万能ですね!」とか「自己効力感、最強!」などと言って(笑)、みんなで興奮しましたね。しかも、「自己効力感」はコントロールでき、向上させることができます。この自己効力感の理論はバンデューラが1990年代に提出しており、数十年前からあるのですが、実務の世界ではそれほど広まっていません。

わたし自身がびっくりしたのは、「5章文化に関するバイアス【バイアス45】『強い組織文化を持てば、企業の業績が上がる』」でした。わたし自身がリクルートという強い文化の会社にいたので、疑うことなく強い組織文化の信奉者でした。

この組織文化信仰が生まれたのは、1980年代のことだと思います。『エクセレントカンパニー』と『ビジョナリーカンパニー』という世界的なベストセラーは、超優良企業が「シンプルな価値観=組織文化」を原動力にしていると説いたのです。

ところが、伊達さんによると、研究のエビデンスを見ると「そう単純なものではない」とおっしゃる。「強い文化は短期的にはいい。中長期的にはダメになる」というのが今のところ分かっていることだと知りました。それを聞いたわたしは、いままでの常識を否定されて、認知的不協和に陥ったのです。ドイツの哲学者ニーチェに「神は死んだ」という有名な言葉がありますが、わたしの経験も似ています(笑)。わたしの神(これまで信じていたこと)が死んだ、と言うくらいショッキングでした。

でも考えてみれば伊達さんの発言は当然のことです。ビジネス構造が変われば事業転換せざるを得ないのですが、そのとき「それまでの文化」が強ければ、これから必要な組織文化に変容するのが難しくなります。言い方を換えれば、チェンジマネジメントにコストがかかります。

そこでわたしは考えました。文化を『強いか弱いか』で測ることに問題があるのではないか、文化のタイプや特質にもフォーカスする必要があるのではないかと。

例えば、リクルートです。強い組織文化で知られる会社ですが、自らが変わっていくことがビルトインされている文化でもあります。創業者の江副正浩氏は、「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」を社訓としたほどです。

伊達さんとの議論でそういうことをいろいろ考えました。それまでの常識を伊達さんによって覆されて戸惑い、モヤモヤしたことも事実です。

本書はそういう議論の種を満載する『論点集』です。みなさんにも大いに戸惑い、考えてもらいたいと思います。

リモートワークを高頻度で実施すると、コミュニケーション満足度が高くなる

伊達 曽和さんは「認知的不協和」という言葉を使われましたが、そういう価値観が揺さぶられるような経験を読者の皆さんにしてもらいたいと考えています。

一つエピソードをお話しましょう。わたしが事業を始めた2009年頃、まだ自分たちが何をやるのかは明確に決まっていませんでした。ある管理会計の研究者と雑談していたところ、「経営計画を作った方がいい。作っている会社の方がサバイブする確率が上がる」と言われました。それを聞いた私は「それは自分たちの会社には当てはまらない」と感じました。しかし、その後年数が経つ中で、「計画を立てることは大事」と腑に落ちることが何度もありました。

経営計画のエピソードで大事なのは、最初に違和感(認知的不協和)があったことです。最初は「本当か?」「自社に適用されるのか?」とモヤモヤとした負の感情が湧き上がりました。ところが、その違和感がきっかけになって、経営やその計画を問い返すことができたのです。

 

曽和 伊達さんもわたしも「モヤモヤ」という言葉を使っていますが、本書はそういう読後感の本です。結論は制約条件によって変わるので曖昧、結果は謎のまま。例えば、ダイバーシティについてもその会社、この会社で中身が変わります。

また、この本が述べているのは、今の研究理論、今の人事持論なので進行形です。理論も持論も進化していくので、5年後には通用しなくなるでしょう。

著者としては、この本を梃子として思考をスタートさせてもらうことが願いです。小林秀雄という文芸評論家のエッセー集に『考えるヒント』がありますが、持論と理論のギャップを考えるきっかけにして欲しいのです。

伊達さんとは別のところで4回ほど対話イベントをやり、テーマのひとつに「オンラインコミュニケーション」がありました。リアルとオンラインの特性を調べたところ、オンラインコミュニケーションでは「感情が伝わらない」という結果が出ました。ここで終わればそれだけの結論です。

ところが、リアルとオンラインのタスクを1回だけでなく、何度も何度も、例えば10回やったらどうなるのか? なんとオンラインのマイナスがなくなったのです。

 

伊達 ビジネスリサーチラボがクライアントに提供した組織サーベイの例を紹介します。わたしたちが行ったのは、「リモートワークの有効な実施方法」に関する分析でした。リモートワークを高頻度で実施するチームほど、チームにおけるコミュニケーションへの満足度が高いという結果が得られました。これは従業員がオンラインでの労働環境に慣れたからだと考えられます。

 

曽和 確かにそうですね。自然科学の世界で重力がなくなることはなく、法則は不変です。しかし、人間が関係する行動科学などの領域では、人間が適応していくので法則が変わっていくことが起こります。この本に賞味期限があるというのも、そういう理由にもよります。

学術的知見を身に付けるための3つのアプローチ

曽和 本書執筆の動機は「学術的知見が実業界に普及していない」ことであり、両者の乖離を「マネジメントバイアス(持論と理論のギャップ)」として解説しました。ただ、人事はつねに忙しく、目の前に血が吹いている問題があり、その対応に追われています。時間がなくて学術的知見を体系的に学んでいくのは難しいと思います。

そんな人事が、どうすれば学術的知見のエッセンスに近づけると思いますか。

 

伊達 3つのアプローチが有効だと思います。第1のアプローチはこの本を入り口にすることです。この本で取り上げた概念や研究者の名前をネットで検索すれば多くの知識が得られます。また、巻末に参考文献リストを挙げており、掲載されている論文名で検索して、もとの論文を読むこともできます。

第2のアプローチは、専門知を持つ機関や個人に相談することです。曽和さんでもわたしの会社でもいいと思いますし、ネットで見つけることもできます。解決が難しいと思っていたことでも、専門家に問い合わせると有益な知見を得られることでしょう。

第3のアプローチは教科書を読むことです。例えば、本書が面白いと思った方は「組織行動論」という領域の教科書を読むと有益な情報が得られます。組織行動論の教科書としては、『組織行動–組織の中の人間行動を探る』(鈴木竜太神戸大学教授,服部泰宏神戸大学准教授)があります。

 

曽和 わたしも教科書を網羅的に読んだことがあります。リクルートを辞めて、大学院に入ろうと思った時期があり、入試のために10冊セットの教科書を読みました。教科書は体系的に書かれており、硬くて面白くありません。しかし、大変ためになり、その後の人事業務に役立ちました。

私たちが書いた『マネジメントバイアス』の本は、そういう教科書を読んだ人が、その次に読むのに相応しい書物かもしれません。教科書を理解した上で、そこからはみ出たもの、教科書ではわからないことが書かれています。

エビデンス・ベースド・マネジメントを構成する4つの情報

曽和 最後になりますが、このライブの視聴者から「日本の大企業の人事部門に望むことは何でしょうか?」という質問が来ています。伊達さんから答えていただけますか。

 

伊達 大企業の人事部はわたしたちのクライアントに多く、日常的な付き合いがあります。非常に真摯に業務と向き合い、また、勉強されている方が多いと思います。

そういう方におすすめしたいのは、「エビデンス・ベースド・マネジメント(Evidence based Management)」という考え方です。「エビデンス・ベースド」の意味するところは、「信頼できる情報に基づいて意思決定する」ことです。

「エビデンス・ベースド・マネジメント」で重視するのは、4つの情報源です。第1の情報は「研究の知見」です。第2の情報は「専門知、経験に基づく知識」です。第3は「現場の証拠(エビデンス)」であり、組織サーベイや人事データ分析で可視化することができます。第4は「利害関係者の視点と意見」であり、経営者や従業員への倫理的な配慮を指しています。

これらの4つの情報を総合的に活用すると、意思決定の精度を高めることができます。ただ、企業によって強みと弱みがあるでしょう。弱い情報については詳しい人に参加してもらうなどの方法で強化すると良いと思います。

 

曽和 わたしは人事の実務家として生きてきましたが、伊達さんが話されるような知識を持っていたら大きな武器になったはずだと思います。まだわたしが若く知識がない頃でも、経営者に対し、「僕はこう思います。こうしたいと思います」と提案しました。そうすると経営者は、「そうか、なるほど。しかし、僕はこう思う」とあしらわれて終わりです。「思う」に「思う」で向き合っても経営者には勝てません。

経営者のバイアス(思い込み)に対して、言挙げして対峙しなくては勝てません。勝つためには武器が必要です。それが理論です。

本書によって思考の武器が磨かれ、強い人事が増えることを期待します。

 

『組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス』(ソシム)

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