最新調査で明らかになった従来型ワークライフバランスの崩壊。仕事とプライベートの「両立」から「融合」の時代へ。

新型コロナウイルス感染症(以降、COVID-19)が広まり、在宅勤務を導入する企業が増えています。こうした働き方の変化は、従業員のワークライフバランスにどのような影響を及ぼしているのでしょうか。
海外でも日本でも、この問いに答える調査が少しずつ提出され始めています。本コラムでは、それらの結果に基づいて、ワークライフバランスの現状と課題、それから幾らかの対策について検討したいと思います。

伊達 洋駆
株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。同研究科在籍中、2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、人事領域を中心に、組織の現状を可視化する組織診断を始めとした調査・コンサルティング業務を提供している。学術知と実践知の両方を活用したサービスが特徴。
残業時間が減少し、家族と過ごすように
総務省統計局「労働力調査」の1月から6月のデータをもとに、労働時間の変化を分析したレポートがあります(※1)。それによれば、月末1週間の就業時間は「週43時間以上」が減り、「週42時間以下」が増えています。
また、特に30代後半から40代前半の男性において労働時間の減少が著しく認められます。このことを受け、「従来働き過ぎが問題視され、ワークライフバランスの実現が求められていた層の労働時間が減っている」との指摘もあります(※2)
自宅で働くことができ、労働時間も抑制されている。この状況を反映してか、例えば、半数近い従業員を対象にテレワークを積極活用する日本製鉄の宮本勝弘氏は「日本社会の問題だった、家族と過ごす時間も確保できる」と述べています(※3)。
家庭内分担の問題がワークライフバランスに悪影響
コロナ禍で在宅勤務が広まった結果、残業が減り、家族と過ごす時間が増えました。これは一見すると、ワークライフバランスにとって望ましい変化に思えます。しかし、従来のワークライフバランスの前提が崩れていることを指摘するのは、学習院大学の守島基博氏です(※4)。
Beforeコロナのワークライフバランスにおいては、ワークは自宅「外」で行われるという前提がありました。ところが、コロナ禍ではワークもライフも自宅「内」で営まれるのです。
ワークとライフが自宅で共存する環境は、ワークライフバランスにどのような影響を与えるのでしょう。オーストラリアで、この点にアプローチする大規模調査が実施されています。
ロックダウン期間にあたる2020年5月に、17歳未満の子供を持つ共働き夫婦1536人のデータを収集し、2016年の同国統計局による国勢調査と比較した研究です(※5)。
この研究では、2016年と比べると労働時間は(わずかに)減少し、育児や家事などの時間は増えていることが明らかになりました。この点は日本と同様でしょう。
他方で、ワークライフバランス(※6)への満足度は、2020年5月時点で大きく低下していました。とりわけ、女性の低下は顕著でした。
育児や家事に当てる時間が増えたにもかかわらず、何故ワークライフバランスの満足度は低下したのでしょうか。考えられる理由の一つは、夫婦間の分担が上手くいっていないことです。実際にパンデミック期間、女性の半数以上がパートナーの分担に不満を感じていました(男性で不満を感じる人は2割程度にとどまります)。
ワークとライフの両方が自宅に持ち込まれたことで、家庭の分業体制が不安定になったわけです。更に夫婦間の役割を巡る難しさは、ニュージーランドの研究でも明らかになっています(※7)。
この研究でも、パンデミック前後のデータが用られています。調査対象は、幼い子供を持つ157組の夫婦です。
分析の結果、女性の方が子育てに多く取り組んでいるものの、女性の子育て時間は男性に過小評価されていました。他方で、男性の方が多くパーソナルな時間を過ごしていたものの、男性のパーソナルな時間は女性に過大に見積もられていました。
要するに、女性も男性も互いに相手の時間を十分に把握しておらず、分担に対する不満が生まれやすい構造にあったのです。
コロナ禍のワークライフバランスを保つために
ここまでの議論で、ワークとライフが自宅で共存するが故に、分担を巡る問題が生まれ、ワークライフバランスの満足感は低下しやすい、ということが見えてきました。
この状況を打破するためには、どうすれば良いのでしょうか。エビデンスをもとに、本人にできること、及び、周囲にできることを一つずつ挙げてみましょう。
(1)ワークとライフを分離しない態度
まずは、本人にできることですが、アメリカで非常事態宣言前後に行った調査が参考になります(※8)。第1回は2月第2週に583人、第2回は4月第1週に474人から回答を得た調査です(アメリカでは、3月13日に非常事態宣言が出されました)。
この調査によれば、「セグメンテーションプリファレンス」が低いとワークライフバランスの葛藤が低くなることが分かりました。セグメンテーションプリファレンスとは「ワークとライフがどのような関係性にあることを好んでいるか」を指します。
セグメンテーションプリファレンスが高いほど、ワークとライフの分離を好み、逆にそれが低いほど、ワークとライフの境界が弱い状態を好みます。
すなわち、仕事とプライベートをはっきり分けない人が、パンデミック下で上手く適応していたということです。ワークとライフが入り交じる自宅の中でも上手く振る舞えたからでしょう。
いまワークライフバランスを実現する上で重要なのは、ワークとライフを分ける姿勢ではなく、ワークとライフが相互に侵食し合う状況を楽しむ姿勢なのでしょう。
(2)上司と同僚の支持的な行動
続いて、コロナ禍でワークライフバランスを保つために、周囲にできることです。まず注目すべき人物は「上司」です。先のアメリカでの調査を再び取り上げましょう(※8)。
上司が部下のライフに支援的ではない場合や、上司が部下に思いやりを持って接していない場合、部下のワークライフバランスの葛藤が増し、満足度が下がる傾向にありました。
部下のライフを支える行動は、部下がワークとライフの役割を管理することを助け、部下への思いやりは、部下のストレスを和らげてポジティブな感情を喚起するからです。
支援的な働きかけの重要性は、上司だけではなく同僚にも当てはまります。ビジネスリサーチラボで日系企業をクライアントに実施した組織サーベイの結果を紹介しましょう。テレワーク導入後に行った組織サーベイです。
そこにおいて導き出されたのは、相互に支援し合う風土のある職場にいると、ワークライフバランスの得点が高いということです。
上司が部下を、そして同僚が同僚をサポートすることが、コロナ禍でワークライフバランスを実現するために有効なのです。
本コラムのまとめと若干の補足
以上、本コラムでは、コロナ渦で在宅勤務が増える中、従業員のワークライフバランスはどうなっているのかを見てきました。
自宅にワークとライフが持ち込まれるため、ややもすれば、ワークライフバランスに悪影響があること。それを防ぐには、セグメンテーションプリファレンスの低さや上司や同僚による支援が肝要であることが分かりました。
最後に、2点だけ補足しておきたいと思います。第1に、日本ではコロナ禍におけるワークライフバランスを厳密に捉える調査があまり多く行われていません。今後、調査を積み重なれば、更に解像度高く、現状・課題・対策を検討できるでしょう。
第2に、様々な調査で指摘されている通り(例えば※9)、在宅勤務を行う従業員は多数派ではありません。その意味で、本コラムの議論の対象は一部に限られる可能性もあります。
引用文献
※1:三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2020)「新型コロナウイルス感染症によって拡大する教育格差:独自アンケートを用いた雇用・所得と臨時休校の影響分析」(最終閲覧:2020年10月27日)
※2:太田聰一(2020)「経済を見る眼:ワーク・ライフ・バランス適正化を逃すな」『週刊東洋経済』(最終閲覧:2020年10月27日)
※3:日刊工業新聞(2020)「テレワークCASE 素材・製薬(上)ワークライフバランス向上」(2020/07/15)
※4:守島基博(2020)「新ワーク・ライフ・バランス」『労働新聞』(2020/07/06)
※5:Craig, L. and Churchill, B. (2020). Dual-earner parent couples’ work and care during COVID‐19. Gender, Work & Organization.
※6:Craig and Churchill(2020)においては、ワークファミリーバランスの満足度として測定されている。
※7:Waddell, N., Overall, N., Chang, V., and Hammond, M. (2020). Gendered Division of Labour during a Nationwide COVID-19 Lockdown: Implications for Relationship Problems and Satisfaction.
※8:Vaziri, H., Casper, W. J., Wayne, J. H., and Matthews, R. A. (2020). Changes to the work-family interface during the COVID-19 pandemic: Examining predictors and implications using latent transition analysis. Journal of Applied Psychology.
※9:公益財団法人日本生産性本部(2020)「第2回働く人の意識に関する調査」(最終閲覧:10月27日)