最新研究結果から考える、従業員のストレスを和らげるために人事にできること

新型コロナウイルス感染症(以降、COVID-19)の拡大を受け、働く人々は様々な負荷にさらされています。本コラムでは、最新の学術研究と組織サーベイからの知見をもとに、「従業員のストレス」への影響について考えていきます。 

伊達 洋駆

株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役

神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。同研究科在籍中、2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、人事領域を中心に、組織の現状を可視化する組織診断を始めとした調査・コンサルティング業務を提供している。学術知と実践知の両方を活用したサービスが特徴。

学習や判断を従業員任せにせず、良質な情報に基づく会社としての方針を作る。

中国の最新研究では、「COVID-19自体をどのように受け止めるか」によっては不安が高まることが明らかになっています(※1)。

対象は中国に居住する未感染者715人。調査では「COVID-19によるインパクトの主観的な評価」と「実際のストレスフルイベント(COVID-19の最前線で戦っている、近しい人に感染者がいる、など)の経験有無」の両方を測定しました。

回答データを分析したところ、「ストレスフルイベントの有無は病気不安と関連が認められない一方、インパクトの主観的な評価が高いと病気不安が非常に高くなる」という結果が得られました。

同様に、トルコの1772人を対象にした調査でも、コロナへの脅威度や反芻(心の中で考え続けてしまうこと)がウェルビーイング低下の鍵になることが分かっています(※2)。

これらの研究が示唆するのは、COVID-19をめぐる「客観的」な経験より、「主観的」な感覚がストレスに影響するということです。

人事としては、COVID-19に関する学習を従業員に任せきりにしないことが大事かもしれません。一人ひとりが情報を批判的に読み解き、判断することはもちろん重要です。しかし、それだけでは不安を強く抱く従業員が取り残される恐れがあります。

実際、筆者の経営するビジネスリサーチラボがCOVID-19拡大後に日系企業を対象に実施した組織サーベイでは、「会社に期待すること」として「会議や会食の実施方法、オフィスでの働き方などの方針を、最新の情報をもとに示してほしい」との意見が多数あげられました。

COVID-19に対する学習や判断を従業員任せにせず、会社として良質な情報にもとづく方針づくりが求められているのです。

組織内のストレスを促すのは「経営資源の不足」と「社内コミュニケーション障害」

続いて、「組織内のストレス」に焦点を絞って調査結果を見ていきましょう。HRプロ登録企業の人事担当者314人を対象にした、国内の調査を取り上げます(※3)。

この調査では「ストレスが増えた」という回答が6割程度得られています。日本でもCOVID-19は働く人にストレスを与えているようです。

また、ストレスを促す要因も明らかになりました。一つは、経営資源の不足です。人材、物的資源、予算、情報、時間、権限などが不足していると、ストレスが高まることがわかりました。

資源が確保できなければストレスが高まることは、ワーク・エンゲイジメント研究における仕事要求度-資源モデル(JD-Rモデル)とも整合し(※4)、頑健な結果であると言えるでしょう。

COVID-19によるストレスを緩和させる上で、人事は「従業員がゆとりのある環境で働けているか」をチェックする必要がありそうです。

もう一つの要因は、コミュニケーション障害です。これは従業員同士、部署間、企業と従業員の間で意思疎通が適切になされていないことを指します。

過去に別の領域でも、上司や同僚とのコミュニケーションが自身の役割を明確にする上で有効であること(※5)、さらに、役割が明確であればストレスは下がること(※6)が指摘されています。

とりわけテレワークは、周囲からのサポートやフィードバックをはじめとしたコミュニケーションを抑制します(※7)。テレワークの導入企業は、組織サーベイなどの手段を用いて今一度、社内コミュニケーションの現状を把握すべきタイミングかもしれません。

テレワーク経験の浅い人のストレスが増える

COVID-19による大きな変化の一つにテレワークの導入があげられます。最後は、テレワークがストレスに与える影響について考えていきます。

アメリカにおいて、COVID-19による制限でテレワークを実施する326人を対象にした研究が提出されています(※8)。そこでは、COVID-19以前よりストレスが増加していることが明らかになりました。

また、COVID-19以前にテレワークを実施していなかった人ほど、ストレスの増加が大きい傾向にもありました。テレワークへの慣れがストレスの増減と関係していることが分かります。

ビジネスリサーチラボが、今年テレワークを導入した日系企業を対象に実施した組織サーベイでも「COVID-19以前のテレワーク経験量が多いほどストレスが低い」という分析結果が導き出されています。

人事としてはまず、テレワークによってストレスが増える事実を踏まえる必要があります。その上で、テレワーク経験の長い従業員から、テレワークにおける工夫やノウハウを引き出し、その内容を社内に広めるなどの取り組みが必要となるでしょう。

※1:Feihuan, C. and Sollman, U. (2020). The association between stress and illness anxiety during the Corona-Virus outbreak in China in 2019. International Journal of Body, Mind and Culture, 7, 38-43.

※2:この研究では厳密には、不確実性への不寛容さが、COVID-19への反芻と脅威を媒介してウェルビーイングを低下させることを明らかにしている。Satici, B., Saricali, M., Satici, S. A., and Griffiths, M. (2020). Intolerance of uncertainty and mental wellbeing: Serial mediation by rumination and fear of COVID-19. International Journal of Mental Health and Addiction, 15, 1-12.

※3:佐々木将人・今川智美・塩谷剛・原泰史・岡嶋裕子・大塚英美・神吉直人・工藤秀雄・高永才・武部理花・寺畑正英・中園宏幸・中川功一・服部泰宏・藤本昌代・宮尾学・三崎秀央・谷田貝孝・HR総研(2020)「新型コロナウィルス感染症への組織対応に関する緊急調査:第三報」一橋大学イノベーション研究センター。

※4:ただし、JD-Rモデルにおける資源は、(経営資源というよりは)個人にとって利用可能な資源である点には注意が必要です。Schaufeli, W. B. and Bakker, A. B. (2004). Job demands, job resources, and their relationship with burnout and engagement: A multi-sample study. Journal of Organizational Behavior, 25(3), 293-315.

※5:Jackson, S. E., and Schuler, R. S. (1985). A meta-analysis and conceptual critique of research on role ambiguity and role conflict in work settings. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 36(1), 16-78.

※6:役割曖昧性(自身の役割が明確ではないこと)はストレス要因の一つです。Kahn, R. L., Wolfe, D. M., Quinn, R. P., Snoek, J. D. and Rosenthal, R. A. (1964). Organizational Stress Studies in Role Conflict and Ambiguity. Wiley, New York.

※7:Sardeshmukh, S. R., Sharma, D., and Golden, T. D. (2012). Impact of telework on exhaustion and job engagement: A job demands and job resources model. New Technology, Work & Employment, 27, 193-207.

※8:この研究はストレスだけではなく、バーンアウト(いわゆる燃え尽き)に関する結果も示されていて参考になります。Hayes, S., Priestley, J. L., Ishmakhametov, N., and Ray, H. E. (2020). “I’m not Working from Home, I’m Living at Work”: Perceived Stress and Work-Related Burnout before and during COVID-19. https://doi.org/10.31234/osf.io/vnkwa

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