第3回:経営者、人事、働く人は、日本型雇用の転換期にどう対応すべきか

法政大学名誉教授 諏訪 康雄氏
学習院大学 名誉教授/学習院さくらアカデミー アカデミー長 今野 浩一郎氏
ProFuture株式会社 代表取締役/HR総研所長 寺澤 康介

HR総研は、人事だけではなく、経営者、働く人の全てに情報提供を行う調査研究機関、「ニューHR総研」へとリニューアルを遂げた。そこで、今後、より広い層に向けた調査研究、情報発信を行っていくにあたり、法政大学名誉教授の諏訪康雄氏と学習院大学名誉教授の今野浩一郎氏を迎え、HR総研所長の寺澤康介も交えて鼎談を実施。今、日本の雇用や働くことをめぐって起きている変化と将来予測、企業と個人がそれにどう対応すべきかという方向性や考え方などについて、大きな視点から論じ合っていただいた。
今回は3回シリーズの最終回をお届けする。

諏訪 康雄

法政大学 名誉教授/日本テレワーク協会アドバイザー

1970年に一橋大学法学部卒業後、ボローニャ大学(イタリア政府給費留学生)、東京大学大学院博士課程(単位取得退学)、ニュー・サウス・ウェールズ大学客員研究員(豪州)、ボローニャ大学客員教授、トレント大学客員教授、法政大学大学院政策創造研究科教授、厚生労働省・労働政策審議会会長等を経て、2013年から法政大学名誉教授。

今野 浩一郎

学習院大学 名誉教授/学習院さくらアカデミー アカデミー長

1971年3月東京工業大学理工学部工学科卒業、73年東京工業大学大学院理工学研究科(経営工学専攻)修士課程修了。73年神奈川大学工学部工業経営学科助手、80年東京学芸大学教育学部講師、82年同助教授。92年学習院大学経済学部経営学科教授。2017年学習院大学 名誉教授、学習院さくらアカデミー長。

「堂塔の木組みは木のくせ組み」という知恵

諏訪 ジョブ型に移行していくには、まず学校の制度の問題がありますし、個々人は自分のキャリアをどのように伸ばしてしていくかということに関して、さまざまな経験を積んだり、企業との対話を繰り返したりする必要があります。一方、企業としては、今後はまさにダイバーシティになっていき、いろいろな考え方の人が入ってきますから、それに対して柔軟な対応をしていかないと、インクルージョンできなくなり、皆、外に出て行ってしまいます。重要なことは、それらいろいろな人たちをどのように組み合わせて組織として最高のパフォーマンスを出していくのかということです。そのための知恵を示すのが、「堂塔の木組みは木のくせ組み」という言葉です。

寺澤 どのような意味の言葉ですか?

諏訪 法隆寺を手がけた宮大工の家に伝わる口伝で、お寺のお堂や塔を建てるとき、木には一本一本、全てに違ったくせがあるから、そのくせをうまく組み合わせることによって、地震に耐える寿命の長い優れた建物になるというような意味です。従来、日本の企業は、きれいに規格化されたコンクリートパネルを組み合わせようにして組織をつくろうとしてきました。いわゆる金太郎飴型の社員育成ですが、今は、社会で活躍する女性が増え、外国人も入ってきて、やる気のある優秀な中高年もいれば、残念ながらあまり働いてくれない中高年もいます。一癖も二癖もある人、一芸に秀でた人もいます。そういう多様な人たちをいかに組み合わせて、より良い成果が上がるようにやっていくかという方向に変わっていくことが必要だと思います。

今野 今おっしゃった例で言うと、日本の伝統的な人事管理は、木にくせがあっても、こちらの都合に合わせて、くせを直そうとしてきたわけです。私はよくジグソーパズルに例えるのですが、個々の社員はジグソーパズルのパーツで、昔は、それを適当に置けば、そのときの状況に応じてパーツが伸びたり縮んだりして全体の絵をつくってくれました。契約などしなくても、何か問題が起きたら「対応してください」と言えばパーツの形が変わってくれたのです。
ところが、今のように多様化してくると、パートの人は典型ですが、もともと制約があるから、パーツの形は変えられないという人がたくさん入ってきます。日本のマネージャーは「パーツの形は変えられる」という前提でやってきましたが、今は、「パーツの形はばらばら。かつ、変えられない」という前提です。これをどう組み合わせて絵にするのかがマネージャーの役割であって、そこが今、問われていると思います。

寺澤 まさにそれが、多様性を活かすマネジメントということですね。

社員にとって会社は家族か、それともプロのチームか

諏訪 ただ、やはり業界や会社によって大きく違うと思います。「堂塔の木組みは木のくせ組み」と言っても、生活基礎産業、例えば、鉄道会社であれば、ある程度は規格化していかないと安全運行を担保する上で困りますし、他方では、創造性を求められるような知的サービス業の会社もあって、事情が違います。いずれにせよ、その会社では個々人のくせをどの程度活かしてくれるのかといったことが、入る前にわかるように見える化することが必要ではないかと思います。

寺澤 そういうところも含めて、置かれている状況が業界によっても個々の会社によっても違う中、経団連も自社型雇用システムの確立ということを言っていますが、自社にとって最良の競争力ある雇用システムを自分たちで考えなければならないということでしょう。また、日本企業はこれまでどちらかというと家族主義で、どんな状況になっても雇用を維持できるように努めるのが良い経営者だとされてきたのが、今は、社員がどこに行っても働けるぐらいのキャリアを身に付けられるようにして、エンプロイアビリティを高め、会社に何かあっても困ることなく、「お世話になりました」と散っていけるようにするのが良い経営者だという方向に変わりつつあるように感じます。もちろん、終身雇用、年功序列でうまくいっている企業もありますから、個々の企業ごとの戦略だとは思いますが。

諏訪 そこは、若い人の感覚も変わっています。私は30代半ばすぎぐらいのゼミの卒業生たちと、雇用動向や発想法などを学ぶ勉強会を開いていますが、ある時、その人たちに自分の会社は「家族か、それともチームか」と尋ねると、「会社全体は家族のような雰囲気だけれど、個々のプロジェクトは間違いなくプロのチームで、そうでないとやっていけない」と答えてくれました。これがおそらく、今の日本の会社の一つの姿だろうと思います。他社との競争が激しい中で、プロジェクトのメンバーにはそれぞれ特技を持った人を組み合わせて、頭一つ抜きん出ないといけない。そこでは、なあなあな家族だなんて言っていられない。しかし、会社全体はやはり家族あるいはコミュニティのようなところがないと、安心して働けないのだと思うのでしょう。ちなみに、その卒業生たちは半分ほどが30代半ばぐらいまでに転職していました。この世代にはこういう感覚があるということを、会社側は知っておいた方がいいでしょう。

 

働く人がキャリア自律し、賢い交渉を行うためには

寺澤 今日、両先生に雇用をめぐる状況の大きな変化についてお話しいただきましたが、今のように常に状況が動いていて、こう対応すれば成功するという答えがない中、きめ細かい調査を行い、最新の情報を伝えていくHR総研の役割はますます重要になると思っています。また、これまで私たちは人事や経営者の方々に向けた調査研究を行い、情報を届けてきましたが、今後はさらに働く方々に向けてもどんどん情報発信し、働く人が企業と対等の立場で、先ほど出てきた「賢い交渉」を行うための知識基盤をつくっていけるよう、お手伝いしていく考えです。このことは、働く人の真のキャリア自律を促すことにつながり、人材の戦力化は企業にとってもプラスになるはずです。今日のお話を伺って、これは私たちの新しい役割の一つであるとの思いを強く持ちました。お二方から、働く方々に向けて今後へのアドバイスなりメッセージなりをいただけますか。

今野 終身雇用制度とは高度成長期に合致した制度であって、すでに時代は変わっていることを、若い世代の皆さんはよくご存じだと思います。市場の競争も激しくなり、一つの会社が将来も続くかどうかわかりません。昔なら考えられませんでしたが、業績が良い企業が希望退職を募ることも増えています。そういう中で、昔のように、一つの会社でずっと同じことをやっていても生き残れるということではなくなっているわけですから、自分は何で食べていくつもりなのかということを考えることが重要だと思います。言い替えれば、それがキャリア自律です。

諏訪 これだけ変化が激しくなり、従来の産業を崩壊させるようなディスラプションが起きてくる中では、雇用における従来慣行のディスラプションも当然生まれてきます。ジョブ型への移行もその一つでしょう。そうしたものに対応していくためには、賢くならなければなりませんが、クールヘッドだけで、職場で「私のキャリアをどうしてくれるんですか」といったことばかり言っていると、全くウォームハートが感じられませんから、周りの人が「こんな人と一緒に仕事をしたくない」となるわけです。そこが難しいと思います。欧米でも、やはりクールヘッドとウォームハートの両方がないといけないのです。私は海外の大学から知人や後輩の推薦状を書くよう依頼されることがありますが、そこには、その人が研究者や教育者としてどういう者であるかということと同時に、チームの一員としてどうか、チームを壊してしまうようなタイプの人かどうかという側面にも触れてほしいとほぼ必ず明記されています。

人事に求められることは、既存の大きな枠組みの再構築

寺澤 今野先生、人事の方々に向けては、いかがでしょうか。

今野 総合職と一般職の切り分けを含めて、もう一度、大きな枠組みをどのように組み直すかを考えることが、今、求められていると思います。一例を挙げれば、ダイバーシティが進んでくると、これまでは良い仕事を男性だけに回していたのが、女性にも回すようになります。良い仕事のキャンディデートが2倍になるわけです。ダイバーシティが進むと女性の優秀な人材を使えるようになるという利点はありますが、一方では、そのときのセレクションと教育のコストが膨らみます。ダイバーシティを進めて競争の枠を広げたときに、もう一度競争を制約する仕掛けを新たにつくる必要が出てくるのです。経済学の用語で内部労働市場と言いますが、会社の中での市場分割の仕方をこれまでとどう変えていくかということを、考え直す時期に来ているのではないでしょうか。

寺澤 今までの枠組みを疑って、どうすればうまくいくのか、考え直して試してみるということですね。

今野 流れは、一本化しましょうと言っているわけです。正社員と非正社員を一緒にしましょう、男女を一緒にしましょうと。そうすれば人材の活用が進んでよいと言うのですが、それはそれでいいけれど、全員が社長になるわけではありませんよね。となると、極端に言えば、全社員が同時に競争を始めたらこれほどコストの高い組織はないから、もう一度切り分けないといけないわけです。どうやって切り分ければよいかという答えはなく、個々の企業によって違ってくると思います。

寺澤 諏訪先生、経営者の方々に向けて、お願いします。

諏訪 改めて、このような雇用をめぐる「情と理」をどのように考えていくかということが問われているのではないでしょうか。例えば、年功序列のような情の論理でやっていくと、組織は安定するかもしれませんが、そういう形で、理の論理のプロジェクトチームに入って来られては困るわけです。プロジェクトチームは限りなくプロのチームのようになった方がいいし、それに対して、会社はやはり家族的な要素やコミュニティ性をある程度持った方がいい。すなわち、会社全体にはウォームハートを望むが、プロジェクトチームの方はクールヘッドで進めるのだという感覚を、今の30代半ばぐらいの人たちは持っています。それは非常に微妙なバランスです。経営者の方々は、そこのところについて、自分たちの会社をどのような組織にしていくのか、考えていく必要があるのではないかと思います。

寺澤 この変化の激しい時代には、やはり確定した一律のものはなく、企業も、個人も、それぞれが自分の頭でどうするかを考えて、自分でイニシアチブを取ってやっていかなければならないと思います。そのために必要なのは客観的な情報です。HR総研は、それを「深く」というよりは速報性や話題の広がりをより重視し、タイムリーに発信していきたいと思います。また、「開かれた研究機関」として、他の調査機関や企業とも協力しながら共同で調査や研究を進めていきたいと考えています。

今野 これからのHR総研に期待しています。情報を「深く」というより「速く」発信するという方向性は良いと思います。時間をかけていると、その間に状況が変わることもあるのですから。

諏訪 今は大きな変化の時期で、これからの10年間で相当いろいろな部分が変わっていくと思います。それを、ああ、このように動いているのかと絶えず追いかけていくことが的確にできるよう、HR総研に期待しています。

寺澤 今日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

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